第3章 縮まらない距離
高校二年になっても、長野広斗の日常は大きく変わらなかった。
クラス替えで周囲の顔ぶれは変わったが、それは背景が少し塗り替えられただけのことだ。授業を受け、ノートを取り、テスト前には勉強する。成績は、安定して上位を保ち、教師からの評価も可もなく不可もない。
変化を望んでいない者にとって、これほど都合のいい環境はなかった。
♦
二年生最初のホームルーム。
「今年も文化祭、体育祭と行事が続くぞ」
担任の言葉に、教室がざわめく。誰かが「今年こそは」と声を上げ、別の誰かが笑った。
広斗は窓の外を見ていた。
春の光に照らされて校庭。新入生たちが慣れない足取りで移動している。去年の自分も、きっとああだったはずなのに、不思議と懐かしさは湧かなかった。
♦
廊下で長浜美結とすれ違う回数が、明らかに増えた。
「おはよう」「...おはよう」
それだけの会話。
相変わらず、周囲に人が集まる存在だった。
クラスでも学年でも、自然と中心にたつ。 文化祭の実行委員に選ばれたらしいと言ううわさも聞いた。
ー-向いているんだろうな。
そう思うだけで、広斗は自分から近づくことはなかった。
♦
文化祭の準備が始まると、学校全体の空気が変わった。
放課後の教室には、段ボールとペンキのにおいが充満する。誰かの笑い声と、誰かのため息が入り混じる。
広斗のクラスは展示企画だった。作業は地味で、役割分担も淡々としている。騒がしさとは無縁だった。
それが、広斗には心地よかった。
ある日の放課後、私財を運んでいる途中で美結と鉢合わせた。
「あ、長野くん」
「どうも」
「準備、順調?」
「まあ、それなりに」
短い会話。
だが、美結はその場を離れず、少し迷うように視線を泳がせた。
「ねえ...文化祭、来てくれる?」
その言葉にははっきりとした期待が混じっていた。
「....時間があれば」
広斗は正直に答えた。
嘘は言っていない。
美結は小さく息を吐き、笑顔を作る。
「そっか、無理しなくていいよ」
その声が、なぜか少し遠く聞こえた。
♦
文化祭当日。
構内は人であふれ、あちこちから音楽や呼び込みの声が聞こえる。
広斗は自分のクラスの当番をこなし、空いた時間は校舎の端で過ごしていた。展示を眺めるでもなく、スマートフォンを触るでもなく、ただ人の流れを見ている。
遠くに、美結の姿が見えた。
クラスメイトに囲まれ、笑っている。その中心に自然と立っている。
ー-ああいう場所は俺の居場所じゃない。
そう思うことで、自分を納得させた。
結局、美結のクラスにはいかなかった。
♦
文化祭が終わった夜。
ベットに横になりながら、広斗は昼間の光景を思い返していた。
行かなかった理由を考えようとしてやめる。
考えたところで答えは同じだ。
自分は、踏み込まない人間だ。
♦
体育祭の日は、快晴だった。
青空の下、校庭に歓声が響く。広斗は競技にはまじめに参加したが、必要以上に盛り上がることはなかった。
昼休み、グラウンドの隅で一人弁当を食べていると、影が差す。
「ここ、いい?」
美結だった。
「どうぞ」
隣に座ると、しばらく無言の時間が流れる。
「ねえ、広斗くん」
名前を呼ばれて、少しだけ驚いた。
「昔のこと....本当に何も覚えてないんだよね」
「まあ」
否定しない。
「そっか」
それだけ言って、美結は空を見上げた。
その顔が、どこか寂しそうに見えた。
♦
その夜、広斗はゲームをしていた。
イベントシーンで、ヒロインが主人公に告げる。
『待つのって、疲れるんだよ』
胸の奥が、ちくりと痛む。
理由はわからない。
わからないまま、画面をすすめた。
♦
二年の冬。
美結と話す機会は、目に見えて減っていた。
挨拶を交わすことはあっても、それ以上はない。
距離は縮まるどころは、静かに固定されていった。
夜になると、あの夢を見る。
オレンジ色の空。小さな手。約束の言葉。
目を覚ます旅胸がざわついた。
高校二年の終わり。
広斗はまだ知らない。
この「何も起きなかった一年」が、誰かにとっては、何度も心を折られた時間だったことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます