おはいりさん
@munyamunya
第1話
男であれば、秘密基地という存在に憧れた経験は誰しも持っていることだろう。
公園の木が生い茂った一角。放置されて背の高い草が生い茂った空き地。学校から少し離れた小高い丘の隅。
場所はどうであれ、自分たちの秘密の場所、自由に過ごせる、大人たちには内緒の隠れ家というものに憧れた経験はないだろうか。
かく言う自分も、秘密基地に憧れて作成した者の一人だ。
小学校高学年の頃だった。3人で秘密基地を作ったのを覚えている。確か1人は健二だったか。もう1人がすぐ出てこないが……ともかく、場所は近くの河川敷だった。背の高い草が生え揃っており、子供の背丈なんか簡単に隠してしまえていた。遠目には分からない、まさにうってつけの場所であった。
子供ながらによくやったと思うが、草を手で抜いて、捨てられていたブルーシートを繋ぎ合わせ、誰かが持って来た太く長い枝を支えにして三角テントのような形を作った。その中に、近所のスーパーから持って来た捨て段ボールを敷き詰め、同じくダンボールとビニール紐で簡単なドアを作り自分たちの秘密基地は完成した。
各々お菓子やらトランプやら好きなものを持ち込んではしゃいだものだ。伝言用のノートなんかも持ち込んだりした。次に来る人に向けて、お菓子置いといた、とか、漫画置いといた、とか。他にもクラスのゴシップネタとかくだらないことを沢山書き残した。そして、これら大事なものは大きめなプラスチックのケースに入れて保管していた思い出がある。「おたからばこ」と黒いマジックでそれぞれが2文字ずつ分担して書いたのだ。
あと、あいことばも作った。
「あいことばをどうぞ」と聞かれたら、「はれこがみ」と返す。「ひらけごま」の母音をずらしただけの簡単な暗号だったが、仲間だけが分かる秘密のことばというものに興奮したのは覚えている。
そして、あいことばを聞いた中の人が「どうぞお入りください」と言ってドアを開ける決まりだった。
あいことばについてのエピソードが口から出かけたところで、しばらく黙って話を聞いていてくれていた息子からの返答があった。
今度秘密基地を作るから知恵を貸してと言って来た息子につられて、ついつい昔の記憶を掘り起こして長話をしてしまった。
「へぇー、お父さんが子供の頃も秘密基地作って遊んだりしたんだ」
「ああ。それぞれの宝物を持ち寄ったりなんかして、楽しかったぞ」
「なるほどねー、ありがとう。で、それ最後はどうしたの? もしかしてまだあるとか」
「いや、中学生になって部活とか勉強とか、違う仲間と遊ぶことの方が多くなって行かなくなっちゃったよ。
もう1人一緒に秘密基地作った健二って友達も別のグループで楽しくやってたから、多分自然消滅したんじゃないかな。もしかしたら今も残骸が残ってるかもだけど……ごめんな、これから作ろうとしてる人の前で夢を壊すみたいで」
「やっぱそうなるんだね。まあ、全然。今度作るときの参考になったから、ありがとう。
自分たちでやろうとしたんだけど、何が必要かとかから揉めちゃってさっぱりだったから」
「それなら良かった。テントの張り方とか、ドアの付け方とかはどうだ? 自分たちで調べてやる感じか?」
「あー、テントの張り方だけ少し教えて欲しいかも。ドアの方はつけちゃだめだからつけないし」
「じゃあテントの張り方だけ後で教えよう。ドアの方は要らないんだな?」
「うん、つけちゃだめだしね」
「『つけない』じゃなくて、『つけちゃだめ』なのか?」
「あー、そっか。お父さんの頃はあの噂無かったんだね。
『おはいりさん』の噂」
「『おはいりさん』の噂?」
「やっぱり知らないんだ。『おはいりさん』の噂。
——ドアのある秘密基地には『おはいりさん』が住み着いてしまう。そして、その秘密基地からは、『あいことばをどうぞ、あいことばをどうぞ』って小さな男の子の声でずうっと繰り返す声が聞こえるらしい。
そして、その言葉に返事をしちゃうと、
『どうぞ、おはいりください』って声がして、ドアの向こうに引き摺り込まれてしまう。
そしたらもう行方不明。うちの学校にはいないけど、隣の学校からは行方不明者が出たみたいだよ。塾の友達がそう言ってた。ほんとかどうかは分からないけどね。
——って、お父さん聞いてる?」
「ん、ああ。すまん、ちゃんと聞いてたよ」
「そっか。あ、友達から連絡きた。んじゃ、また後でブルーシート使ったテントの張り方教えてね」
息子はそう言ってリビングを後にした。
頭に残るのは秘密基地と、『おはいりさん』の噂。
『あいことばをどうぞ』から始まり、『どうぞ、おはいりください』で終わる一連の流れ。
特殊な言い回しではないので被ることはあるだろうが、自分たちのあいことばの流れと似通っていたのが心にささくれを残した。
そういえば、一緒に作ったもう1人は誰だっただろうか。もしかしたら健二なら覚えているかもしれない。
あまりに久しぶりに連絡をとるため、気後れする部分もあった。しかも、聞くのはこんな些細なことだ。送るか送らないか、シャワーを浴びながら悩み、歯を磨きながら悩み、ベッドに入っても悩んだが、結局はスマホを開いてLINEの連絡先から健二を探した。
スワイプを繰り返して繰り返して、ようやく健二の名前を見つけたのは、シークバーが底の方に触れるかどうかといったところになってだった。
健二との連絡は5年前に来た「小学校の同窓会来る?」というメッセージに対し、「ごめん、その日休日出勤だから行けない」と返したので終わっていた。
一文字ずつ打ち込み、「久しぶり」という文字が変換されてから一息いれてメッセージを送った。それに続けて、「小学生の頃俺たちで秘密基地作ったと思うんだけど、あれ、健二ともう1人いたの誰だったっけ?」とも。
もしかしたら返ってこないかもしれない。それならそれでこのモヤモヤもいずれ忘れるだろうと、その日はスマホを枕元に伏せて眠りについた。
次の日の朝にスマホを開くと健二からのメッセージが返って来ていた。
「久しぶり」に続いて、「ごめん、俺も覚えてない」とあった。
「そうだよな。いや、返事くれてありがとう。
息子が秘密基地作るっていう話をするから、つい気になって連絡した」とお礼のメッセージを送信した。
ちょうど向こうも起きていたのか、既読はすぐについた。
「直人から久しぶりの連絡だから何かと思ったけど、そういうことね」という納得のメッセージと、「また今度地元に戻った時に飲みに行こう」という約束を交わしてLINEは閉じた。
ベッドの中で少し考えを巡らせた。
自分も覚えていないのだし健二にもその可能性はあった。とはいえ、2人ともに互いのことは覚えているのに、もう1人のことを忘れているのは不思議だ。また、頭の片隅を占めているこのモヤモヤが晴れないのは残念だったかもしれない。
ただ、そんな少しばかりの澱みは昼食を食べる頃には気にしなくなっていた。
このまま忘れていくものかと思ったが、1週間が経った頃健二からのLINEがあった。
「秘密基地作ったもう1人のことなんだけど」
「伝言用にしてたノート、今保管してるか?」
通知に気づいて、直ぐに返信した。
「いや、持ってないけど何で?」
「持ってないのか、残念。
伝言ノートに毎回誰が書いたか名前書いてたこと思い出して、もしかしたら持ってるかもと思って聞いた」
伝言ノート。確かに、あれには毎回書き手がサインをつけていた。自分であれば「byなおと」、健二であれば「byけんじ」と小さくつけていたはずだ。
「あのノート、健二も持ってなかったのか」
「俺もてっきり直人が回収していたものと思っていたけど」
お互いに持っていないとなると、もう1人が回収したかもしくは——
「もしかしたら、まだあの秘密基地の箱の中にある?」
健二から既読はついたが、先ほどまでポンポンと来ていた返信は暫し止まった。
数分後の返信は「かもしれないけど、流石にもう掃除されて捨てられてそうだよな」というものだった。
「ちょっと散歩に出てくる」
そう言って家を出た。妻からは「珍しいわね、何かの影響?」と揶揄われたが、曖昧に笑って流した。
子どもの頃作った秘密基地を見に行くと言うのはかなり気恥ずかしかったのだ。
河川敷は小学生の頃とあまり変わっていなかった。
時期も時期なので小学生の頃は見上げるほどだった草々はほとんどが茶色く枯れていて見晴らしは良くなっていたが、季節が違えば今も変わらず生い茂っているであろうことが想像できた。
麓に歯科医院がある橋の近くに秘密基地はあったはず。
記憶を頼りに河川敷の土手道を歩いていたが、やはりと言うべきか、それらしき場所に近づいても秘密基地の面影は無かった。それもそうだろう。あれから何十年も経っているのだ。ブルーシートなんかは特に目立つから撤去されているか、はたまた風で流されたか。どちらにせよ、禿げて見晴らしの良くなった河川敷においてもそれらしきものは見つからなかった。
少年時代の一時を過ごした場所、それも自分たちが作り上げた場所が跡形も無くなっていることに少しの寂寥感があった。ただそれ以上に、この土地を歩いていると自分でも忘れていた思い出が脳裏に溢れ出してくるのを感じた。だからこそ、あの日の秘密基地という成果が見当たらなくとも直ぐに帰ることなく、懐かしさを踏めしめながら散歩を続けていた。
しばらく歩き続けてもう帰ろうかという気分になって来た頃、コツンと、足に何かが当たった。
枯れた草が覆い被さり姿が見えていなかったそれは——かの日のプラスチックケースだった。
元々は半透明だったケースだが、土埃や苔、草々のエキスに塗れて酷く燻んでいた。ゴシゴシと持っていたティッシュで擦ると、黒いマッキーで「おたからばこ」と書いてあるのが見えた。
持つ手が震える。思いがけず該当の物品が手に入ったことによる興奮で動悸がうるさかった。
健二にメッセージで見つけた旨を伝える。
元々あった秘密基地の場所にプラスチックのケースが残っていたと、写真も添えて送った。
ケースは少し手こずったが何とか開いた。蓋を上に持ち上げればすんなり開くはずなのだが、長年の汚れがこびりついて上下を吸着していたのが難敵だった。
中にはトランプや漫画、どこで拾って来たのか珍しい形の石が入っていた。伝言ノートは底の方にあった。埃まみれで茶色く変色もしている。
これは話のネタになるな。この前のメッセージでは、飲みに行こうとお互いに社交辞令的に言っていたとは思うが、真面目に健二との地元飲みを実現させたくなってきた。それこそ、ここで名前が確認できたらもう1人も誘って——
そんなことを考えながら、パリパリになっていたノートを開いた。
・秘密基地完成記念日! byなおと・けんじ・ネ(以降文字が潰れて読めない)
・トランプ入れておいた byけんじ
・チョコレートとかお菓子置いてあるから、好きに食べて byなおと
・図工で作った手回しラジオと懐中電灯置いておく byなおと
・めっちゃ飛ぶ紙飛行機出来た! 特別に使って良いよ! byけんじ
みんなくだらないこと書いてるな、と思うと同時にとても楽しそうな雰囲気が伝わって来た。ああそうか、こんなことしたなぁ、こんなこともあったな。このノートを見返さなければ二度と思い出さなかったであろうことだが、今読み進めていくうちに、温かさを伴って思い出が噴き上がってくる感覚があった。
だが、不思議ともう1人の名前が出てこない。最初の書き込みにはあったのだが、文字が潰れて読めなくなっていた。
なおと、けんじ、けんじ、なおと……もう1人の名前を探す。ページを捲る手も早くなっていった。
ペラペラとめくっていく。
半分過ぎたあたりでようやく、自分と健二以外の書き込みが出て来た。
・最近あんまり来ないよね by塗りつぶされていて読めない
・学校忙しいの? (以降塗りつぶされていて読めない)
・次来た人、この下に書いて(破けていて読めない)
学年が変わったか、中学生になった頃か分からないが、足が遠のいていた時期の書き込みだった。もしかしたら、彼は一人で自分たちが来るのを待っていたのかもしれない。そう思うと罪悪感から心が痛くなった。
・なんで?
・なんで?
・きてよ
・あいことばわすれちゃった?
・おぼえてない?
・ひらけごまをもじったやつだよ
・わすれたからはいれない?
・はいれない?
・はれいない?
・つぎだけとくべつにあいことばわからなくてもいれてあげる
・だからだいじょうぶ
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
・きて
異様な文字の羅列。段々と文字の形がブレて、ノート一枚にデカデカと書いてあったりした。一部毟られたようなページもあった。
狂気的な様相に思わずノートを放り投げてしまった。
急速に体温が冷えていく。体の芯に冷や水をぶっかけられたような感覚だった。ただ、震えが止まらない。
『——あいことばをどうぞ』
聞こえて来た声にバッと後ろを振り帰る。
そこにはブルーシートで作られたあの日の秘密基地があった。
何で、さっきまでは無かったのに。
『あいことばをどうぞ』
萎びたダンボールドアの向こうからは男の子の声が聞こえる。無機質で不気味なトーンではあるが、昔に聞いたことがある声だった。一緒に秘密基地を作ったもう1人の——
『あいことばをどうぞ』
何者なのか。ずっと放置してごめん。忘れててごめん。綺麗な思い出にしていてごめん。
答えては、駄目だ。という直感とは裏腹に、頭の中では様々な言葉が飛び交っていた。
『あいことばをどうぞ』
自分たちと遊んでいた時から君は『おはいりさん』だったのか。それとも、自分たちのせいで『おはいりさん』になってしまったのか。
『あいことばをどうぞ』
スマホを開くも電波はつながらない。
いつの間にか周りの草々は背を追い越すほど高くなっていた。
先ほどまでは直ぐそこに見えていたはずの土手も橋も建物の香りも、全部遠くなった。
あるのは人を隠してしまうほどの背丈の草原と、ブルーシートで囲われた秘密基地だけ。
『あいことばをどうぞ』
今声を出しているのは少年時代を一緒に過ごしたあいつなのか。
『あいことばをどうぞ』
自分たちが来るのをずっと待っていたのか。
『あいことばをどうぞ』
聞きたいことはいくつもある。ただ、この場は明らかにおかしい。とりあえずは離れないと、本能に任せてと走り去ろうとした。
しかし草に埋もれて迷い迷い、開けた場所に出たかと思えば、またこの秘密基地の前まで出て来てしまった。
『あいことばをどうぞ』
別の場所へ出ようとまたもがいても
『あいことばをどうぞ』
結局は戻って来てしまう。
「君は……自分たちが来なくなってもずっと待っていてくれたのか?」
いよいよ我慢ができなくなって聞いてしまった。
口をついて出た言葉がこれだ。
『返事をしてはいけない』と息子から聞いていたのを思い出して、咄嗟に口を塞いだ。しかし、放たれた言葉はすでに空気を震わせていた。
『……』
壊れたスピーカーのように繰り返されていた声が止まった。
聞いていた話では返事をしたら直ぐに引き込まれていたようだが……ここにいるのは噂話の主ではなく、あの日々を一緒に過ごした誰かなのかもしれない。あの頃の友達かもしれない。そんな淡い期待が芽生えた。
「すまなかった。自分も健二も、何も言わずにだんだん行かなくなっちゃって。遂には忘れて過ごしてた」
『……』
「あの日一緒に遊んでくれていたんだよな。そして、ずっと待っていてくれた」
『……』
「ありがとう。そして、本当に申し訳なかった」
『……』
しばらくお互いに沈黙が続いた。
ダンボールの柔らかい扉越しだが、もう1人の友達が向こうにいるのが分かった。
沈黙は続く。
外は冬だったというのに、この空間では秋の優しい風が吹いている。
ザァザァと草の音が聞こえた。
『——あいことばを』
どれくらい経ったか。
次に聞こえて来たのはお馴染みの言葉だった。
ただし、先ほどまでの無機質なものではなく人の声のような弾力があった。
『あいことばを、どうぞ』
「『はれこがみ』」
『なんだ、ちゃんと覚えてるじゃん』
『——どうぞ、おはいりください』
ドアが開いた。
先ではこれまたダンボール製の床にペタンと、男の子が座っていた。
丁度息子の年くらいの見た目をした男の子だった。
ドアから片足を踏み入れる。恨みや喜びがないまぜになった複雑そうな顔が確り見えた。
『……そんなに大きくなったんだね』
「もう何十年も経ったからね」
『その間一回も来なかったくせに——』
恨み言を言われるのは仕方がないが、どうしたらいいか分からず今にも感情が溢れそうな顔をした友達を前に、膝立ちになってギュッと抱きしめた。
「ごめん」
『……ずるくなったね。どんな気持ちだったか知らないのに、こんなことしてきて。
これじゃあ何も言えないよ』
「大人になったからね」
『……でも、これからたくさん遊んでくれるなら許す、かも』
だからそこを閉めて、と続ける友達を抱え上げた。
「ごめん、もう昔みたいにずっとは遊べなくなっちゃって。でも、昔の自分と同じくらいになる息子がいるんだ。外に出よう。紹介するよ」
『ちょっと、待って——』
静止する言葉を待たずに、小さくなってしまった入り口に合わせて身を屈めてドアを潜った。
ポンッ
間の抜けた音が腕の間から聞こえた。
先ほどまで抱えていた友達の代わりに、毛並みの綺麗な狐がそこにはいた。
「え?」
その後、我が家に家族が1人増えた。
おはいりさんの噂はもう聞かない。
おはいりさん @munyamunya
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