第15話:勤勉の真価と実録の証明

「異常なし! 結界出力、教科書の規定通り80%を維持!」

 学院の最上階で、エリート学生たちが胸を張って報告していた。  彼らは地道な定点観測など必要ないと考えていた。  マニュアル通りにマナを流し、規定通りの魔法を唱える。それが「正解」だと教わってきたからだ。

 だが。

 ――ズズズ、と。  湖の底から、聞いたこともないような不気味な地鳴りが響いた。

「な、なんだ!? 地震か!?」

「バカな、結界は正常に機能して……うわあああ!」

 噴き出したのは、どす黒い魔力の奔流だった。  都市の生命線である龍脈が逆流し、魔法文明の象徴である学院の床を突き破る。  秀才たちは、自分たちの知識にない事象に直面し、ただパニックに陥った。

「攻撃魔術で相殺しろ! 早くしろ!」

「ダメです! 反応しません! 教科書のどの術式も、この闇の魔力には通用しない……!」

 再現性、調和、勤勉なマニュアル学習。  そのすべてが、未知の暴走の前には無力だった。

「――逆位相だ! 波長を4.2ヘルツ下げて、龍脈の拍動に合わせろ!」

 混乱を切り裂いて、一人の男が講堂に飛び込んできた。  アキリだ。  その手には、カイトが調整した「ガラクタ」の観測機が握られていた。

「アキリ!? 貴様、何を勝手なことを!」

「黙れ! 20年、毎日この土地の鼓動を聴いてきた俺のデータが、『これ』の正体を教えてくれているんだ! これは暴走じゃない。龍脈の『呼吸』が詰まっただけだ!」

 アキリは、泥にまみれた20年分の記録を空中に展開した。  それは、エリートたちが「退屈なゴミ」と切り捨ててきた、日々の変化の集積。

 アキリの唱える術式は、洗練されてはいなかった。  だが、その一音一音には、20年間の重みが宿っていた。

(……仕上げだ)

 人混みに紛れたカイトが、指を鳴らす。  アキリの拙い術式に、カイトが捉えている「世界の拍動」を同期させた。 『シンクロ』。

 刹那。  荒れ狂っていた黒い奔流が、一瞬で凪いだ。  逆流していた魔力が、本来の「血管」へと吸い込まれていく。

 静寂が訪れた講堂で、学長ブサラがゆっくりと立ち上がった 。  彼はエルフ特有の長い寿命の中で、初めて「未知の真実」を突きつけられたような顔をしていた。

「……再現性とは、教科書をなぞることではないのだな。20年もの間、誰も見向きもしなかった微細な変化を追い続けた、その『地道な執念』こそが、真の魔導であったか」

 ブサラは、アキリの前に進み出た。

「アキリよ。君を、学院の『特別客員教授』として迎えたい。……いや、学閥の反発もあるだろう。形式上は今まで通りの身分だが……私の直轄として、君のその偏執的な研究を全面的に支援しよう」

 アキリの顔に、安堵の涙が伝った。

 翌日、旅の支度を整えたカイトの前に、アキリがやってきた。

「……カイト。君には感謝してもしきれないよ。僕のデータが、世界を救うなんて思ってもみなかった」

「俺はきっかけを与えただけだ。あんたの20年が、答えを出したんだよ」

 カイトが去ろうとした時、アキリが呼び止めた。

「ああ、そうだ。もし、この先の旅で……僕の後輩に会ったら、これを渡してくれないか」

 アキリが差し出したのは、小さな魔導スクロールだった。

「彼女、名前は『ニキ』というんだ。僕と同じで、能力は決して高くなかったけれど、とにかく真面目に全教科をこなして卒業していった。……今は地方のギルドで事務仕事をしているはずだが、彼女の『地道さ』なら、今回の龍脈の制御理論を、もっと日常的な業務に役立てられるはずだ」

 アキリは少し寂しそうに、だが誇らしげに笑った。

「僕の論文は難解すぎて誰も読まないけれど、彼女なら……その『勤勉さ』で、きっと誰かの役に立ててくれる。……頼んだよ、英雄さん」

「……ああ。預かっておく」

 カイトはスクロールを受け取り、青い空を見上げた。  全教科「良」で卒業した、顔も知らない少女。  彼女の待つ街へ、カイトは新たな「眼」を向けて歩き出した。

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