第四章:賢者の国の深層振動 第13話:全方位智慧の誇りと異端の観測者

 幻想大陸キアンザ、西部。  深い森と霧に包まれた湖沼地帯に、その国はある。  賢者の国オグボン 。

 首都オサマレは、巨大な湖の中心に浮かぶ魔法都市だ 。  外部の侵入を拒む結界に守られたその街は、湿り気を帯びた空気と共に、独特の「知性」の香りが漂っていた 。

 この国のルールは単純だ。  魔術の到達レベルと、提出された論文の数。それがすべてを決める 。

「……教科書通りの、実に見事な『調和』だな」

 カイトは、街の中央にそびえる「魔術学院」の廊下を歩きながら、壁に貼られた成績表を見上げた。  オグボンで評価されるのは、突出した天才ではない。 『全方位智慧』――つまり、攻撃、治癒、付与、解析、すべての項目で高い水準を維持し、誰がやっても同じ結果が出る「再現性」を証明した者こそが、賢者への階段を登る 。

「一歩間違えれば、ただの画一化なんだがな」

 カイトがそう呟いた時、廊下の突き当たりから嘲笑が聞こえてきた。

「おいおい、また『石ころ』を数えているのか? アキリ」

 華麗な刺繍が施されたローブを纏うエリート学生たちが、一人の男を囲んでいた。  男の名はアキリ。 ボロボロの作業着に、泥のついた靴。 彼は床に這いつくばり、龍脈(ムシパ)の鼓動を記録する「監視魔石」の数値を、震える手で羊皮紙に書き留めていた 。

「……あ、あと一分なんだ。今の波形を逃すと、今日の定点観測が……」

「そんなガラクタ、教科書には『誤差の範囲』だと書いてあるだろう。攻撃魔術の演習はどうした? 治癒の再現実験は? 基礎を疎かにして一つの事象に執着するのは、魔導の徒として恥ずべきことだぞ」

 学生の一人が、アキリの羊皮紙を無造作に踏みにじった。

「教科書にない事象は存在しない。それがこの国の、そして学院の結論だ。視野の狭い変わり者に、賢者の席はない」

 高笑いと共に去っていく「優等生」たち。  アキリは泥のついた羊皮紙を、ただ静かに、だが執念深く拾い上げた。

(……龍脈の監視魔石、か)

 カイトは、アキリの姿を影から見つめていた。  彼は知っていた。  アキリがこの20年間、一日も欠かさず、一分も違わず、この場所で定点観測を続けてきたことを。

 そして、その「退屈な記録」の中にこそ、エリートたちが切り捨てた世界の真実が眠っていることを。

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