第12話:絆の回復と英雄の退場
「バク! バク、しっかりして! 嫌……嫌よ、死なないで!」
サリアはカイトへの憧れなど忘れ去ったかのように、血まみれの青年に縋り付いた。
必死に回復魔法を唱えるが、彼女の魔力では傷口が塞がるよりも早く、生命の灯火が消えていく。
カイトは『構造追跡』を発動し、二人の魂のつながりを解析した。
(……なるほどな。彼女の回復魔法は、対象との『絆の深さ』で出力が変わる特殊な因果律魔法だ)
カイトは胸の奥の疼きを押し殺し、サリアの背後に立った。
「サリア。……俺への憧れを捨てろ。この男を救いたいなら、こいつと過ごした一番幸せだった記憶だけを思い出せ。……魔法の核は、そこにある」
「カイト様……っ。でも、私は……」
「迷うな! あんたの心は、もう答えを知ってるはずだ。……俺じゃなく、こいつを選べ」
カイトは自分の魔力をサリアへと流し込んだ。
サリアは涙を拭い、バクの手を強く握りしめる。
「……バク。死んだら許さないんだから! あんた、私と結婚するって約束したじゃない……!」
その瞬間、サリアから黄金の光が溢れ出した。
カイトが見せたどんな剣技よりも、どんな奇跡よりも眩しい「愛の光」だ。
バクの致命傷が瞬く間に塞がり、彼は微かに目を開けた。
「サリア……。……泣くなよ、ブスになるぞ」
「バクぅぅぅぅ!!」
抱き合って泣き崩れる二人。
カイトの『シンクロ』が、彼女の恋心の矛先が、カイトからバクへと完全に、そして永遠に固定されたことを告げていた。
(……勝てねぇ。吊り橋効果なんて、十数年の幼馴染の絆には、一ミリも勝てねぇよ)
カイトは自嘲気味に笑い、二人から目を逸らした。
数時間後。村の入り口。
カイトは、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた聖王国の巡察騎士団を、入り口で制止していた。
「あ、貴方は……!? その紋章は……!」
カイトが無言で掲げた【聖遺印】に、騎士団長は即座に馬から下り、泥の中に膝を突いた。
「この村は俺が救った。……事後処理はあんたたちに任せる。村人への補償、および防衛体制の強化。……『聖遺印』の権限をもって命令する。不備があれば、王都に報告すると思え」
「はっ! 直ちに、最優先事項として処理いたします!」
カイトは一度も村を振り返ることなく、愛馬の腹を蹴った。
「カイト様――っ!」
背後からサリアの声が聞こえたが、カイトは手を一度だけ挙げて応えるに留めた。
(……いいんだよ、これで。英雄ってのは、こういう損な役回りなんだ)
懐の【聖遺印】が、夕日に照らされて黄金色に輝く。
カイトは、胸の奥に残る「未練」という名の澱(おり)を振り払うように、地平線を見つめた。
「……女神様。次は、最初から『幼馴染』という競合相手がいない村を頼むわ」
最強の英雄カイト。
その旅は、世界に笑顔を残し、己の心にまた一つ「粋な傷跡」を刻みながら、どこまでも続いていく。
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