第9話 鏡の果ての真実

ドォォォォン……!

 

 轟音。だが、そこにあるはずの「鮮血」は、一滴も飛び散らなかった。

 落下した刃は、カイトの首筋に触れる直前で、見えない力によって粉々に粉砕されていた。

「な……!? 何事だ!」

 立ち上がるデブド。

 その衝撃波により、カイトが身に着けていた粗末な「偽装服」が、紙細工のように剥がれ落ちた。

 

 露わになったのは、その下に着込んでいた、質素だがどこか神聖さを感じさせるダークブルーのチュニック。

 

 それを見たヴァリス伯爵が、椅子から転げ落ちそうになりながら目を見開いた。

「ま、まさか……あの装束は……。王都の秘密書庫に眠る、伝説の英雄が若かりし頃の姿と……生き写しではないか……!?」

 カイトは拘束を糸のように引きちぎり、立ち上がった。

「悪いな。……この程度の『法』じゃ、俺の首は切れないんだ」

 カイトが指を鳴らした瞬間、広場の上空に巨大な「光の幕」が出現した。

【深層情報干渉:構造追跡(ロジック・トレーサー)――全域展開(エリア・ログ)】

 そこに映し出されたのは、デブドが「灰にした」と思っていた裏帳簿のデータそのもの。

 

「ひっ……!? な、なな、何だ、これは!」

「捏造かどうか、ヴァリス伯爵。あんたが判断してくれ。……あんたが信用している『法律』の裏側で、この豚が何をしていたか、その目で確かめろ」

 光像には、デブドが支援物資を売り払い、中央貴族へ送っていた賄賂の署名入り手紙まで克明に映し出されていた。

 

「……デブド。貴様、私まで欺いていたのか!」

 ヴァリス伯爵が激昂し、立ち上がる。

 カイトは懐から、黄金の光粒子を放つ【聖遺印】を取り出し、無造作にヴァリス伯爵の足元へ投げた。

「これ、王様に貰ったんだけどさ。関所を通るのに便利だって聞いたんだけど……これでこいつを黙らせることはできるか?」

 紋章を一目見た瞬間、ヴァリス伯爵の顔から血の気が引いた。

「な……!? 【聖遺印】!? ……あ、あああ……!」

 ヴァリス伯爵はその場で泥土に膝を突き、額を地面に擦り付けた。ヴァリス伯爵は震える手でそれを拾い上げ、泥を拭って恭しくカイトへ差し出した。『こ、これは国宝です……どうか、お納めください』

「ひ、控ぇぇぇい! この御方をどなたと心得る! 救世主カイト様……本物の英雄様にあらせられるぞ!」

「……え?」

 

 デブドが腰を抜かして失禁し、その場で衛兵たちに拘束された。

 ヴァリス伯爵は震えながら叫んだ。

「デブドの全財産、および関連商会の資産を即刻凍結・没収! すべてをこの街の復興資金に充当せよ! これは王の代理たるカイト様の御意志である!」

 カイトは、呆然とするエレナとジュアの方を向き、微笑んだ。

「おじさんじゃなくて、カイトだ。……約束通り、奇跡は見せたぜ?」

 数日後。街に平和が戻り、カイトは出発の準備をしていた。

 カイトはエレナの右手の薬指にある指輪を指し、「家族の形見、大切にしろよ」と言いかけた時。

「おーい! エレナ姉さーん! 旦那のガムさんが帰ってきたよ!」

「……旦那?」

 カイトの思考がフリーズした。

 

「カイトさん。この街じゃ、結婚指輪は右手にはめるのが常識なんだよ」

「な、なんだって!? 指輪は左手だろ!?」

「ほら、あの広場にある肖像画を見てよ。右手だろ?」

 カイトは、肖像画を『構造追跡』で見直した。

 そして絶句した。

 英雄の背後に描かれた記念碑の文字。それが、すべて左右反転した「鏡文字」になっていたのだ。

「……これ、鏡を映して描いたものじゃないか! 左右が逆なんだよ!」

 カイトはがっくりと膝を突き、失恋の痛みと共に空を仰いだ。

「……今回も素晴らしい出会いだったが、俺の『真の運命』はまだ先にあるようだな」

 カイトが去った後、ヴァリス伯爵はジュアに向かって、震える声で呟いた。

「……あの装束、あの眼差し。まさしく、伝説の英雄の再来。我々は、生ける伝説を目の当たりにしたのだな……」

 最強の英雄カイトの旅は、ほろ苦い「勘違い」を残して、次の国へと続いていく。

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