第二章:泥濘の街と、情報の糸(ロジック・トレーサー)第4話 収奪の歯車

聖都ムリンゴの華やかな喧騒から離れ、馬車で数日 。かつて「聖王国の庭園」と謳われ、見渡す限りの小麦が黄金色に輝いていた平原の街・ムチ 。そこに広がる光景に、カイトは息を呑んだ 。

街道沿いには、魔王軍が焼き払った後の黒い焦げ跡が、巨大な瘡蓋(かさぶた)のように残っている 。だが、それ以上に惨憺(さんたん)たるのは、街の中核をなす「水路建設」の現場だった 。

「……ほう、形だけは立派なものだな」

カイトの呟きに、泥水を啜っていた老いた農夫が、力なく首を振った 。

「形だけですよ、旦那。……あの水路は、我々の村を潤すためじゃない。復興官様が『収穫量を増やして中央への上納金を増やす』ために、死ぬまで我々を働かせるための鎖なんですわ」

広大な平原を縦横無尽に切り裂く巨大な水路 。確かに工事は進んでいる。だが、そこで働く民たちの姿は、もはや生きた人間には見えなかった 。肋骨が浮き出るほど飢えた男たちが、倒れそうになりながら泥土を運び、その横では幼い子供たちが、泥にまみれて重い石材を引きずっている 。

「早く動け! この水路が完成すれば、聖王国の穀物生産は倍増する。これは新王アレク様、そして英雄カイト様の御意志でもあるのだぞ!」

監督官の怒声と共に、鞭がしなった 。乾いた音が響き、一人の少年が泥の中に崩れ落ちる。その少年が握りしめていたのは、泥にまみれた「英雄カイトの木彫り人形」だった。監督官は少年の背を、あざ笑うように踏みにじる。自分が信じ、憧れた英雄の名を叫ばれながら、少年は泥水を啜って咽び泣いた 。

カイトの瞳の奥に、静かな、しかし激しい怒りの火が灯った 。(……俺が魔王を倒したのは、子供に泥を啜らせるためじゃない) カイトは『シンクロ』のスキルにより、この世界の言語を完璧に理解し、精神的な負荷を遮断していたが、それでもこの惨状には胸が焼ける思いだった 。

街の中央広場。そこには、周囲の悲惨な光景とは断絶した、豪奢な天幕が張られていた 。王都から派遣された復興官、デブド。そして大商会の会頭、ムサ 。彼らは、王都から届くはずの支援物資を闇市場で売り払い、その利益を自分たちの贅沢と、中央貴族への付け届けに充てていた 。

その天幕の影で、必死に孤児たちに食べ物を分け与えている女性がいた 。汚れの目立つ修道服。荒れた指先 。だが、その銀色の髪は月光を集めたように美しく、瞳には、この絶望的な街で唯一の「慈愛」が宿っていた 。

彼女の名は、エレナ 。

カイトの『シンクロ』が、彼女の魂の清らかさに同調する 。ふと見ると、彼女は祈りを捧げる際、右手の薬指にはまった質素な銀の指輪を大切そうに撫でていた 。

(女神様。俺、決めました。この美しく健気な女性を、この街ごと救ってみせる)

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