第2話 月光の秘匿

凱旋した聖王国エンデレザは、祝祭の熱狂に包まれていた 。街中には溢れんばかりの花が舞い、高級な酒と肉の香りが風に乗って漂ってくる 。

だが、その喧騒から遠く離れた王城の奥深く、俺は一人で夜風に当たっていた 。

(明日は、リリアーネ様との婚約発表か……)

リリアーネ様は凛として美しく、慈悲深い 。そんな女性を娶れるなんて、男として最高の名誉だろう 。

そんな浮ついた気持ちで、なんとなく離宮の庭園へ足を向けた時だった 。

「……アレク、お願いです。そんな、今にも消えてしまいそうな顔をしないで」

ふと聞こえた震える声に、俺は反射的に身を隠した 。植え込みの影から見えたのは、月光に照らされたリリアーネ様の姿 。そして、その前で、断腸の思いを堪えるように表情を強張らせている聖騎士団長、アレクだった 。

アレクもまた、一時期俺たちと共に旅をした、実直で誠実な男だ 。

「リリアーネ様。……私は、貴女が英雄カイト殿と結ばれることを、心から祝福すべき立場です。彼こそが、この世界を救った真の英雄なのですから」

「分かっています……そんなことは、私だって百も承知なのです。王女として、民の希望である英雄様を支える。それが私の、王家に生まれた者としての義務なのだと」

リリアーネ様の手が、アレクの胸当てに触れる 。だが、アレクはその手を優しく、しかしきっぱりと引き離した 。

「……お互い、役割があるのです。貴女は王妃として国を癒やし、私は騎士として貴女たちをお守りする。……この想いは、今夜この場所に捨てていきましょう」

「アレク……っ。」

リリアーネ様がその場に崩れ落ち、声を押し殺して泣き始める 。アレクは天を仰ぎ、唇を血が出るほど噛み締めていた 。

……見てはいけないものを見てしまった 。二人は、相思相愛だったんだ 。しかも、自分たちの幸せよりも「英雄(俺)」への敬意を優先しようとしている、あまりにも善き人々 。

(……これ、俺が割り込んだら、完全に二人の未来をぶち壊すことになるな)

自室に戻った俺は、ベッドに倒れ込んだが、一向に眠気は訪れなかった 。無理やり結婚して、彼女の心を一生縛り付ける? いや、無理だ。そんなの、俺の趣味じゃない 。

「……悩んでいますね、カイト」

不意に、部屋の空気が揺らぎ、純白の光が溢れ出した 。

「女神様……」

俺をこの世界に召喚した女神が、そこにいた 。

「あなたは、その力を私利私欲のために使わない。……誰かの犠牲の上に成り立つ幸福を望まない。その心の美しさを、私は誇りに思います」

「……女神様。俺はどうすればいい? 二人の仲を壊してまで、王様になりたいわけじゃないんだ」

「世界はまだ、あなたの力を必要としています。……魔王という大きな脅威は去りましたが、各地にはいまだ争いの種が残り、救いを待つ人々がいるのです」

女神はやさしく微笑み、俺の頬を撫でた 。

「カイト。この広い大陸を旅し、困っている人々を救いなさい。あなたの行く先々に光を灯し続ければ……その果てに、あなたは自分にとっての『理想の女性』に出会えるはずです」

「理想の女性……?」

「ええ。あなたを心から愛し、あなたと共に歩むべき、真に運命の相手に。……今の場所で誰かの幸せを奪うより、もっと素晴らしい出会いが、外の世界には待っています」

女神の言葉が、俺の胸にストンと落ちた 。そうか。俺の居場所は、まだここじゃないんだ 。二人の幸せを守り、俺は俺で、新しい「最高の出会い」を探しに行けばいい 。

「……決めたよ。俺、旅に出るわ」

「ふふ、良き答えです。あなたの選ぶ道に、幸多からんことを」

光が消え、静かな夜が戻ってくる 。よし。やるからには、最高に粋なやり方で身を引いてやろうじゃないか 。

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