吊り橋求めて三千里

@nankichi

第一章 旅立ち 第1話 終焉の静寂

視界を焼き尽くさんばかりの閃光が収まり、激痛に叫んでいた大気が、ようやく静まり返った。 足元に広がるのは、ひび割れた黒石の床と、立ち上る細い煙。

俺――カイトの手には、かつてないほど重く感じる聖剣が握られていた。 剣身には、魔王の返り血がこびりつき、鈍い輝きを放っている。

「……終わった、んだよな」

掠れた声で呟く。 その言葉が引き金となったかのように、目の前で膝を突いていた「災厄の王」が、音もなく崩れ始めた。 断末魔も、呪いの言葉もない。 ただ、役目を終えた灰のように、その巨躯をさらさらと解いていく。

折しも、玉座の間の壊れた天井から、鋭く冷たい北風が吹き込んできた。 魔王だったものは、その風に攫われるようにして、北の空へと白く、淡く、消え去った。

「ははっ……おい、見たかよ。本当に……本当に勝っちまったぞ、俺たちは!」

聖王国エンデレザの重騎士、バラカが、巨大な盾を床に投げ出し、仰向けにひっくり返る。 帝国の魔導技師、モトも、ひび割れた眼鏡を指で押し上げ、満足げに魔導ゴーレムの残骸を撫でていた。

「ふむ……。最後の一撃、見事な『断絶』でしたな、カイト殿」

賢者国ヘキマの魔術師、ファラジが杖を突きながら歩み寄ってくる。 彼は崩れ去った魔王の座を冷徹な目で見つめた後、俺の顔を覗き込んだ。

「気分はどうです? あれほどの異形を屠った直後だというのに、貴殿の瞳には一片の揺らぎもない」

「……ああ。不思議と、嫌な感じはしないんだ。敵を倒すことへの恐怖も、生理的な嫌悪感も……」

俺が自分の手を見つめると、ファラジは「やはりな」と短く笑った。

「それが、貴殿が最初に仰っていた常時発動スキル――『シンクロ』の真価なのでしょうな。私が解析した通り、あのスキルはこの世界の理(ことわり)と貴殿の精神を同調させている」

召喚された際、女神から授かった唯一の権能。 当初、俺は何の役にも立たない補助魔法だと思っていた。 だが、ファラジがその性質を見抜き、有効化するよう助言してくれたおかげで、俺の戦いは一変した。

「現地の言葉を、生まれた時から知っていたかのように理解できるのも。……そして、どれほどおぞましい魔物を前にしても、生存本能としての『忌避感』に邪魔されず、きっちりとトドメを刺せるのも。すべてはそのスキルが、貴殿を『この世界の住人』として最適化しているからです」

「……あんたに言われるまで、気づかなかったよ。ファラジ」

「計算高いのが私の取り柄ですから。……貴殿が『元の世界の倫理観』に縛られたままでは、魔王軍を殲滅する前に心が折れていたはずだ」

ファラジの言う通りだ。 このスキルがなければ、俺は今頃、返り血の臭いに吐き気を催していたに違いない。 だが今は、心地よい疲労感だけがある。

「……さて。帰ろうぜ。俺たちの、いや、平和になった世界へ」

俺は聖剣を鞘に納めた。 明日には、聖王国の王女との結婚が待っている。 世界を救い、富と名声、そして美しい伴侶を手に入れる。 俺の人生は、今日この瞬間から、これ以上ないほど輝かしいものになるはずだった。

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