第一章:兵器学園

第4話:学園入学

 人生、何が起こるかわからん。

 どんな暮らしをしてようと事故に巻きこまれることもりゃ、雷に当たることもある。悲劇っつうのは思ったよりも身近なとこで起きるもんだ。


 ようするに何が言いたいかっつうと、人間いつかは死ぬもんだし、それがいつかもわからん以上、せいぜい悔いなく生きとけってのが俺の信条だったわけ。


 だから、とことん暴れてやった。

 やりたいことはやりつくした。

 十七年の生涯だったが、そういう意味じゃあ俺の人生はそんなに悪いもんでもなかった。道端でのたれ死んだとしても化けて出るこたぁなかったろう。


 とはいえ、だ……続きがあるとは聞いてねぇ。

 閻魔のとこに行くならまだわかる。

 だのに、どうして俺ぁ今、こんなところにいるんだよ……





「転校生、挨拶しろ」





 軍服を纏う女が言った。

 死んだ魚の目をした俺は顔を上げ、立っている場所をぼんやり見渡す。

 そこは学校の教室だった。


 いわゆる日本式っつうの? 長方形の部屋ん中に三~四十の机と椅子が等間隔に並んでる、あのクソみてぇにつまらんやつ。その前側に設置された電子黒板とかいうもんの前に俺はいて、席に座ってる連中に好気の視線を向けられていた。

 ところが、ここにいる「俺」は、俺であり俺じゃねぇ。


 HA5/ORG-001【サウザンド】

 

 電子黒板に表示されたその味気ない記号の羅列こそが、ここでの俺の名前だった。

 ツインテールを揺らした俺は少女兵器としての形式的な挨拶を済ます。


「貴様の席は左の端だ」


 すると、そう言う軍服女。

 そいつが指差す方向にのろのろ足を進めると、教室中の目がこっちを見てきた。

 あ゛ァ、なに見てんだてめぇら? と、地上うえならガンをつけてたろう。


 ところが、ここじゃそうはしない。

 だって、そうだろう?

 ちらちらこっちを見てくる奴らは、同年代の野郎どもじゃなく、まだ下の毛も生えてねぇような乳臭ぇガキどもなんだから。


「…………」


 横目にジロリと視線を送ると、セーラー服着たガキどもは慌ててさっと目をそらした。コンセント型のコードテイルが人数分だけにょろりと揺れる。


 つまりそう、ここにいんのは普通のガキじゃねぇ。

 人型兵器〝量子機甲兵ナノドール〟。

 ここはそいつらを育てる学校「兵器学園アームズスクール」っつうわけだ。


 数奇もここに極まれり。

 人生、何が起こるかわからんことを改めて俺は実感していた。

 つっても誰に予想がつくよ、こんな状況になるなんて?

 俺はどかっと席に着く。そして頬杖を突きながら、はめ殺し式の窓に映るの空を横目に、こんなことになった経緯について考えた。


   ◆◆◆


 時間を少しさかのぼる。

 今からちょうど一週間前、千里は躍起になっていた。


「ふんぎぎぎぃ!」


 その手にあるのはマイナスドライバー。

 幼女と化した少年があどけない顔を歪めて外そうとしているものは、自らの首に掛けられた黒い「首輪」である。


 場所はジオフロントの第四階層――英本ラボ。

 物置を改造して作られた六畳ほどのスペースの中で、千里はかれこれ半時間以上、その拘束具と格闘していた。


「~~~~~~~~~~~ッ!」


 とはいえ、ご覧の有様だ。

 英本に付けられた禁則首輪リミットチョーカー――ナノドールの力を制御するための拘束具――は、どれだけ突いても、削っても、その表面に傷一つ付けられなかった。尋常でない硬さなのだ。歯を食いしばって力をこめると、ついにはガキッと音がしてドライバーの先が欠けてしまう。


「やってられっかこんなもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」


 よって癇癪を起こした千里はやくざな道具を投げ捨てた。そうしてソファに倒れこみ呪いの言葉をブツブツぼやく。

 するとノックの音がした。


「調子はどう?」


「……クソみてぇ」


 うんざりとした調子で答えると、くすくすという声とともに誰かが部屋に入ってくる。

 白衣を纏った委員長。

 そんな表現がしっくりくる、聡明そうで、垢抜けた娘が目をやった先に立っていた。


「まったく世話が焼ける人ね」


 少女は肩をすくめてみせた。

 彼女の名前は和戸村わとむらりん

 このラボのスタッフの一人にして英本の助手を務める人物だ。


「……なにしにきた?」


「わかってるでしょう? ……ていうか、なんて格好してるのよ、休日のパパじゃないんだから?」

 真っ白い肌を晒した幼女=千里に、凛は呆れた視線を向ける。

 ちなみにパンツ一丁だった。

 いわゆる男の正装である。


「ドヤ顔でこっち見てもダメ」


「あ゛ァ?」


「にらんでもダメよ。ていうか、くまちゃんパンツですごまれても全然恐くないですから」


「ちっ、わかったよ……着りゃいいんだろ?」


「んふ、かわいい」


「かわいくねぇよ! ていうかさっさと要件すませ!」


「あ、そうだった……はい、これね?」


 言葉とともに、どすんと何かが落とされる。

 脱ぎ捨ててあった子供用パジャマ(着ぐるみ系)に袖を通そうとしていた千里は、目の前の机に置かれたものを吐きそうな顔で見た。


「〝兵器力学の基礎 後編〟ね? 前編と中編はもう読んだでしょ?」


「ンなわけあるか」


「どうしてよ?」


「読めるかってんだあんなもの」


 きょとんと首を傾げる凛を千里は呆れた顔で見る。

 分厚い辞典か何かのような「後編」からもわかるように、彼女が勧めてきたその本は見るだけで読む気を失くすものだったのだ。


「つかオレ、そもそも活字読まねぇし。せめて漫画とか持ってきてくれよ?」


「それじゃ勉強にならないでしょう? そもそも、これは参考書として本当に初歩のものなんだから」


「いや、でもさ……」


「千里くん?」


「ちっ! わぁーったよ!」


 見る気も失せる分厚い本を千里はしぶしぶ手にとった。

 ある意味、自業自得である。

 このお節介な女の子にナノドールのことを教えろと頼んだのは他ならぬ自分なのだから。


『キミは学校に通うんだ』


 その原因となったのは数日前のやりとりだった。

 半年ぶりに目覚めたあの日、言葉巧みな誘導によってナノドールの学校に強制入学させられてしまった千里は、なぜそんなことをしたのかと、その元凶を問い詰めた。


『その方が都合がいいからさ』


 すると教授は悪びれもせず自身の行いを弁護した。

 曰く、超兵器であるナノドールの開発及び運用は〝枢軸君主連盟モナークオーダー〟に管理されているため、表立った研究を行うためには、彼らにとがを受けない立場=学籍が必要になるのだという。


 確実性の問題もあった。

 というのも、英本の持つ現在の千里のデータは、あくまで理論で導き出されたカタログスペックにすぎないものである。彼に言わせれば、千里の願い――幼女化した肉体を元に戻す――という大規模な処置を行うためには、同世代型の少女兵器達と競い合うことで得られた「生」のデータが必要らしい。


 つまり学校に通わなければ、ろくな研究はできないし、仮に方法が見つかってたとしても、それを実践に移すのが何年も先になってしまうというわけだ。


 無論、そんなことは御免であった。たとえ代償を支払ってでも、こんな不便な状態からは一刻も早く脱したい。

 兵器学園アームズスクールへの入学を受け入れたのには、そういう理由があったのだ。


(にしても、これはさすがにねぇよ……)


 視線を目の前の参考書に戻した千里は、次いで凛の顔に視線をやる。

 優等生を絵に描いたような姿のこの少女は、自分のようなアウトローに、こんな難解な学問を理解させられるなどと本当に思っているのだろうか?


「あれだ、ほら……やる気はあるけど気力がねぇ」


「やる気がないっていうのよ、それは?」


「ほっとけアホ。オレにゃあ無理だ」


「ほんとに強情なんだから……」


 溜息をつく少女を無視して参考書に背を向ける。

 そうして、ごろんとソファに横になった。勉強なんてやっぱりやめだ。


「じゃあ、もう私、帰っていい?」


「おぅ帰れ帰れ、二度とくんな」


「これいらないの?」


「いらんいらん」


 ゆえにぞんざいに手を振ってやると、背後でがさごそ音がした。

 突如漂うジャンクな香り。

 釣られ、むくりと身を起こす。


「……おい、まさか」


「ん、どうしたの?」


 千里はばっと振り向いた。

 凛が持っているあの包みは、某チェーン店のハンバーガー……好物中の大好物!


「ど、どこでそれを?」


三階層うえで買ってきたの」


「くれるのかっ!?」


「んー、君しだい」


 いたずらっぽく笑った凛はこれみよがしに包みを掲げた。

 撒き餌にかかった魚がごとく千里それに飛びかかる。


「降ろせって! 上にあげたら取れねぇじゃん!」


「やることやったら食べさせたげる」


「おまっ、最初からその気でいたな!?」


 返答代わりのほくそ笑み。

 ……ハメられた! 

 彼女は端からこちらの勉強意欲を信用してはいなかったのだ。


「食ったらちゃんと勉強するっ! 絶対やるって!」


「はいはい、いいから椅子に座るー」


「なんなの、お前!? 教育ママ!?」


「あはっ、その表現おもしろーい」


 言うや、彼女はハンバーガーを一番高い棚の上(今の千里には絶対届かない)に隠してしまった。

 そしてニコォっと影のある笑みでドアを後ろ手にロックする。


「大丈夫。私が教えてあげるから、まずそっちのを開けてみて?」


「あ、あァんまりだァァアァ~~~~~~!」


「んふ、泣いてもダメ。今夜は寝かさないからねぇ~?」


 がしっと角を掴まれた千里は思わず「ヒイッ!?」と悲鳴を上げた。

 身をよじっても逃げられない。

 拳で反撃できない分、ある意味彼女は英本よりもよほど厄介な存在だった。

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