第3話:不審者尋問
「――なるほど、事情はだいたいわかった」
寝台の上にあぐらをかく千里は言った。
「つまりお前はえらい博士で、ここはお前の研究所。そしてだいたいの原因はおもにお前にあるわけだ」
「そりゃ誤解だよ千里クン。ボクはきっかけを与えただけで、原因というわけじゃない」
一方、白衣の変質者――
場所は件の研究所。
読んで字のごとく「英本ラボ」。
尋問を終えた千里は唸り、顔をしかめて思案していた。
考えることが多すぎる……変態教授の話したことは難解な上に情報過多で、残念なことに彼の脳味噌は、そういったことを処理することが死ぬほど苦手だったのだ。
直感として理解できたのは、ここが日本だということだけだ。
ただその場所は〝
驚くなかれその深さ、このラボだけでも地下二キロ、最も深い場所にいたっては地下一〇キロにもなるという。ンなアホな……と呆れてしまう。もしこんなことになってなければ決して信じなかったろう。
(けど実際、コレだしな……)
Yシャツを纏う腕を上げると、余った裾がだらりと垂れる。
それは大人用の服だった。
裸でいるのもアレなので何か着るものを持ってくるように言うと、メイド服だの、巫女服だの、ボンデージだの、ろくでもないものばかりをよこしてきたので(しかもサイズがピッタリだった)鉄拳による制裁ののちに私服を借りたわけである。
「その座り方、すごくイイ! 前にある手をどけてみて!」
不審者の声を無視した千里は近くにあったスパナを投げた。「ぐえっ!?」と短い悲鳴とともに何かが倒れる音がする。
……まともなヤツはいないのだろうか? ただしゃべるだけで、めちゃくちゃ疲れる。
「ところで、もっかい聞くけどよ、いま三月? 九月じゃなくて?」
「うう、痛い……三月だよ」
千里はまたも考えこんだ。
思い出すことのできる最後の記憶は半年前のものなのだ。
前後の記憶は曖昧だが、どうやら自分はこの基地に何かの理由で侵入し、地下へ降りようとしたところを警備員達に阻まれたらしい。なんでも、その際蜂の巣にされて、瀕死の傷を負ったのだそうで、この風変りな青年は、自分が処置をしなければ、まず助からなかったと言っている。
「まあ、そのことに関しちゃよぉ、話聞く限りほんとっぽいし、お前に礼を言わにゃならん」
「どういたしまして」
「ん、でもな、それとコレとは別モンなわけだ。なにが言いてぇかわかるな、え?」
千里はギロリと相手をにらんだ。そうして拳を振り上げる。
「あいにくオレぁ短気でよぉ、こととしだいによっちゃおめぇ……死ぬよりひどぇ目にあわしてやんぞ!」
「お、落ち着いてよ千里クン! その辺もちゃんと説明するから!」
だが請うようにそう言われたため、それは振るわれず下げられた。
代わりにチッと舌打ちする。不審者に対し寛大になるのは気の進むことではなかったが、このままでは話が進まなさそうなので拘束は解いてやることにした。
「やれやれ、ほんとに恐いねぇ」
すると英本は首元のチョーカーに触れ、研究室の中央に半透明の物体を出現させた。蜃気楼にも見えるそれはARDの生み出した虚像――
「待機画面は見えるかい?」
「見えるけど……おかしくねぇか? どうして
「うん、まあ、それも含めてね、一体、キミに何が起きたかを説明しようと思うんだ。そのためには、まず何よりも……彼女達のことについて話なきゃならない」
言葉とともに、画面から
「キミは彼女達、ナノドールについて、どんなことを知っている?」
「どんなって、そりゃ……メカの鎧をガシャンとまとって、イカムシどもと戦ってるやつらだろ? あと、なんかナノマシンみたいのが体に入っててハイテクな感じのイメージだ」
「その他には?」
「……
「合ってるよ。厳密に言えば〝女の子〟だけどね。一般的に流通しているそれと違って、ドールの改造に使用される医療用ナノマシンは女性の細胞だけに作用して、戦闘用に
いわば〝
もちろん千里も知っている。
「それが一体なんだってんだ? オレのこととは関係ねぇだろ?」
「いや、あるよ。なぜなら君の肉体は今やナノドールそのものなんだ」
「ッ!? まさかお前、本当にオレをそんなのにしやがったのか!?」
「そうしなければならない状況にあったのさ……それぐらいキミはひどかった」
言いながら彼が映し出したのは、ずたずたになった「何か」の写真。
千里は「……ッ!?」と、息を呑む。
ありえない……あってはならないものだった。
〝瀕死の重症〟どころではない。
腕がもげ、足がもげ、穴だらけになったその物体は、他ならぬ自分自身だったのだ。「ぶっちゃけキミは死んじゃったのさ」と英本はこともなげに言った。
「まあ、だからちょっと特殊な手段を使ってキミを蘇らせることにした。具体的にはナノドールを作るための医療用ナノマシンをキミの細胞に移植したんだ」
無論、そんなことをしたところで普通は何も起こらない。
物言わぬ肉の塊が形成されるだけだという。
だが天才を自負を彼は、まだ公にはなっていない独自の技術を使用して彼の体を強引にマシンに適合させたという。結果、驚異的なスピードで彼は再生したらしい。
「しかし問題が起きてねぇ、ご存知の通りナノドールは少女の姿をした兵器だ。だから、そのままの姿ではキミは復活しなかった。ここからは仮説なんだけど、恐らくキミの細胞は、規格不一致という問題に、ソフトではなくハードの方を合わせることで対応したんじゃないかなぁ? すなわち宿主であるキミの肉体を、自らが生存する上で最も適した形状に創り換えたのさ」
「おい、まさか……っ!?」
「わかったかい? ボクはきっかけを与えただけで、キミを今のキミ……すなわち幼女の姿にしたのは他ならぬキミの肉体なんだよ」
ずびしと胸を指された千里は、ぱちぱちと目をしばたいた。
信じられない話である。
このぷにっとしたもちもちの肌が自分自身のものだとは……
「……継ぎ目の跡はねぇようだな」
「N細胞の再生能力は常軌を逸しているからねぇ、全身ツルっとしてるだろ? ちなみに今のキミの脳はマシンの同化作用によって半電脳化してるから、チョーカーなしで
自身の言葉を裏付けるように英本は
魚、ロボット、名画の写真……無作為に選ばれたサンプル
「……つまりナニか? オレの死体をいじくってたら、まちがってドールになっちゃいました、と?」
「要約するとそんなカンジ。若干姿は変わっちゃったけど、ま、生きてるからいいでしょ、別に?」
「ンなわけあるかァ!」
「ぐぇぇぇぇぇ!? 痛い痛い! あ、あんまりだよ、千里クン! ボクは命の恩人なのにっ!?」
「じゃかあしいわボケ! コンニャロウ! こんな体にされたんじゃあ、おおっぴらに外も歩けんじゃねぇかっ!」
「そ、それはそうだけど、仕方ないよ! それに生活の心配はいらない。なぜならキミの所属はもうすでにこのラボものになってるからね」
「あァ!? てめっ、どういうことだそりゃ!?」
「これからキミはドールの一機としてこのラボの中に住むんだよ。そういう体になった以上、メンテナンスも必要だしね」
ゲホゲホと首を押さえながら拘束の手を逃れた英本は、一方的にそう言い切ると、それきり話は済んだとばかりに
「だれがこんなとこに住むかってんだ! オレぁ元いたところにもどんぞ!」
「だから無理だって言ってるじゃない? 外の世界じゃもうキミは死んだってことになってるんだよ?」
「ならホームレスになってやるっ!」
「……その体で?」
「おぅ、もちろんよっ!」
胸をそびやかす、つるぺたボディに呆れた視線が突き刺さる。
だが意地っ張りな
こうなってはもう後には引けない。
「どこ行く気?」
「知らねぇよ! とにかくオレはここを出る!」
ゆえに英本の手を払いのけると、千里は彼の脇を抜け、扉の取っ手に手を掛けた。
「あまりオススメはしないよ、ボクは?」
「上等だ!」
千里はフンと鼻を鳴らした。自由を愛する不良にとって、行く宛てがないなどということは些細な問題なのである。
すると後ろから名前を呼ばれ、何かをぽいっと投げられた。
反射的にそれをキャッチする――手にあったのはUSB。
「キミのバイタルデータだよ。もういらないから返しとく」
「いらねぇよ!」
「いいのかい? うまく使えば
踏み出しかけていた千里の足は、その場にピタリと凍り付いた。
あいつ今、なんつった?
「……もどす、だと?」
「うん」
「……男にか?」
英本はぐっと親指を上げた。
踵を返す不良幼女。
「どうしてそれを先に言わねぇ!」
「だって聞かれなかったもの」
「ぐっ……てめぇっ!」
拳を握りしめ震える千里をよそに英本は口笛を吹いていた。
殴りたい……でも殴れない!
「……っ、どうすりゃ元にもどれんだよ?」
「まず、ある施設に入ってもらう。そこで色々なデータを集めてマシンの適合経過を見るんだ」
「でもってオレを研究すると?」
「そうだねぇ。ただし始めに断っとくけど、そこに入ることは、キミみたいなタイプの人間にとっては苦痛を伴うものになると思う」
「痛てぇことにゃあ慣れてるよ。それで相棒がもどるんだったら、針で刺されようが、切り刻まれようが、オレは一向にかまわないね!」
彼は断然乗り気であった。
どの道、一度死んだ身なのだ。茨の道を行くこと今さらなんの躊躇があろう?
「キミの気持ちはわかったよ……なら、これはめて?」
「ん、なんだこりゃ?」
すると手渡されたのは黒いもの――金属製のチョーカーだった。
まるで動物の首輪のような外観のそれはARDの一種のようだが、市販のものと比べると、やや野暮ったいデザインに見える。
英本は自身の首元をちょんちょんつついた。そこに巻けということらしい。なぜそうするかはわからなかったが今は従う他にない。
「
「押したけど……なんなんだ?」
するとカチッと音して首輪の留め具にロックがかかった。
しまった! と思うがもう遅い。
「なっ……これはっ!?」
「おめでとう! これで手続きは完了したよ!」
「手続きだぁ!?」
「そ、入学の!」
言葉をそこで区切った教授は口端をニッと吊り上げた。
「キミは学校に通うんだ」
そう楽しげに告げられて、言葉の意味を理解するのに、それからしばらく時間がかかった。
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