第2話:幼女と化したアウトロー

 事の顛末を知るためには、まずあの幼女が何者で、ここがどのような世界であるかということを読者に説明しなくてはならない。


 世紀末「それ」は突然現れた。


 あえて俗っぽく言うならば、特撮映画でお馴染みの巨大怪獣というやつだ。

 とはいえ「それ」がなんなのかは、いまだはっきりとわかってない。

 わかるのはただ、その存在が人智を超えたものであり、神に等しいものであり、人類という種そのものに対し明確な敵意を持っているということである。


 異界生物――次元獣フラクタル

 世界各地の海洋に空いた七つの次元の「裂け目」から、それらは随時姿を現し、その圧倒的戦力によってこの惑星を脅かしている。


 彼らの奇抜な外見を一言で表すなら「空飛ぶ海産物」だ。

 その上、ただのそれではない。違う次元からやってきた得体の知れない侵略者達は、どういうわけか始原種カンブリアン――ハルキゲニアや三葉虫など、かつての海に生息していた生物――に酷似していて、彼らの戦闘能力は人類のそれを超えていた。


 火力云々の話ではない。上位次元の存在である彼らの量子外殻に、三次元的物質はそもそも干渉できないのである。ゆえに銃火器もミサイルも彼らの前では鉄クズだった。核兵器すらも効かない敵は湾岸諸国に出没すると、一方的な攻撃によって次々と都市を滅ぼしてゆき、人類という種の滅亡はもはや時間の問題となった。


 だが救世主が現れる。

 突如、現れた謎の技術集団【楽園の使徒エディオン】と、彼らによって生み出された超兵器【量子機甲兵ナノドール】である。

 この新兵器の攻撃は、異次元の層に守られた敵の外殻と同調し、その物理的な本質に干渉することができた。つまり人類は彼らに対する明確な切り札を得たのである。


 ある致命的な欠点を除けば、それは環境を汚染しないとてもクリーンな兵器であり、その技術的な権利を巡る大国同士のいざこざの後、それを管理する国際組織〝枢軸君主連盟モナークオーダー〟が結成されると、絶滅という種族の危機は、やがては過去の話となった。


 前置きが少し長くなったが、ここから今の話になる。


 敵襲来から四十年後、西暦二〇三九年。

 その少年を知らない者は彼の地元にいなかった。

 生ける伝説――通称、悪鬼のオニチリ。

 彼は根っからのワルだった。それも髪の毛をまだらに染めたり、夜のコンビニにたむろしたりするチャチなヤンキーなどではなく、己の拳で道を切り開く昔ながらのワルである。


 時はナノテク全盛期。

 軍事産業の活性化による技術革新で、かつて創作の産物だった拡張現実技術が一般化したこの時代、群れず、喧嘩に明け暮れる不良はどこへ行くにも場違いだった。


 そもそも言語が違うのである。ポマードという言葉の意味すら知らない現代の若者は、拡張現実端末ARDが創り出す幻視ホロコンテンツに夢中で、厳密な意味で現実世界を生きている者はほとんど皆無といっていい。


 ある意味、それは虚無主義ニヒリズム――安定という飴と引き換えに停滞という病を患った社会そのものの姿――であったが、そういう世界に馴染めない者は、まるで工業製品のエラーのようにそこから弾かれてしまっていた。


 彼は自由を愛していた。縛られることを極度に嫌う猛獣のような少年が、首輪を付けられ、管理され、画一的な行動を要求され続ける時代に、どうして適応できようか?


 だから千里はとにかく暴れた。

 何か起これば拳で語り、頭はもっぱら頭突きに使った。停学、補導は日常茶飯事。蔑称でもある悪鬼の異名は、本職のワルすらのしてしまう恐ろしいまでの豪腕を畏怖した呼び方なのである。


 そんな生き方をしている以上、面倒事はしょっちゅうだった。

 そういうわけで今回も、どうやら何かよくわからないことに、彼は巻きこまれたらしい。


「……つーわけでオレはここにいる、と」


 客観的な回想を終え、無頼の不良少年は意識を自分の中に戻した。

 混乱していた頭は冴えて、今は活発に動いている。むしろあまりに冴えすぎて目がギンギンに痛むぐらいだ。

 正直、思考を放棄したいが……とはいえ現実を見ない限り、状況はよくなりようがない。


 まず状況を整理する……自分オレの名前は鬼塚千里。

 今をときめく十七才で、趣味はパチンコと先公殴り。好きな言葉は「叩きゃあ直る」。地元じゃかなり名の売れた番長格というやつだ。


「でもって、絶賛停学中……酒飲んでたのがバレたんだっけか?」


 千里は、ううむ、と首を傾げた。停学なんて茶飯事すぎて、今さら何をやったかなんていちいち覚えちゃいられない。


 頭に残る最後の記憶は多分その時のものだろう。

 暇を持て余し散歩に出て、ふらっと町に立ち寄った。だがその後、断片的な記憶の映像は、デモ行進するキナ臭い奴ら――反政府主義の市民団体――に「やかましいぞ!」と喝を入れ、拳を振り上げたところで終わる……何かあったのはその後だろう。


 薄暗い部屋の中心に立ち、千里はすっと目を細める。

 立て掛けられた姿見には、その全身が写っていた。


 ――幼女がいる、すっぱだかの。


 何度写しても変わらない姿。

 ちんまりとした外見にかつての自分の影はない。

 あどけない顔を千里は見つめ、ふいに口元をいーっとしてみた。無駄に愛らしい顔なのでわざとブサイクにしてみたのだが、それすら歯磨きしているみたいで、むしろ可愛さが増してしまう。


 いかんいかん、と気を取り直し、やわらかな頬を両手でビンタ。

 リアクションはもう散々とった。「チンコチンコ!」と絶叫したり、白目剥いたままブリッジしたり、奇行に走った後なので余計なことはもうしない。


 手掛かりは何もなかったが、ただ一つだけわかることとして……この状況は現実だ。

 なぜなら頬をつねった時、感じた痛みは本物だった。薬物経験一切ナシ。健康体の千里の頭は、デキがいいかは別にしろ正常な状態のはずであり、つまり、なんらかの理由によって、心ではなく身体の方にこういう変化が起きたらしい。


「中学生じゃあねぇとして、小学校の高学年……小四、小五の間ってとこか?」


 鏡に写る輪郭は一言でいえば〝つるぺた〟だった。

 一糸まとわぬ童体に起伏はほとんど表れず、ゆえに色気の欠片もない。パパといっしょにお風呂入ってもギリギリセーフなラインだろう。


 当然変化は劇的で、一八〇はあった身長は四〇センチ以上も縮み、強靭だった胸筋はまな板のようになっていた。唯一面影を残すのは目付きの悪いツリ目ぐらいで、髪の毛の色は燃える赤。さらさらとしたその髪は、ちょうど肩口に届くぐらいのツインテールに結われていた。


 これだけで、かなり驚きである。

 悪鬼と呼ばれたこの俺が、よりにもよってツインテとは!

 ところが、そんな違和感すらも〝尻尾〟の前では霞んでしまう。ただし動物のものではなく、尾骶骨の少し上辺りから突き出ているのは、巨大な、黒いコンセント。


 奇妙なことに、このコードは動そうという意思をこめると、まるで肉体の一部のように、にょろにょろ振ったり丸めたりできた。


 謎ギミックにもほどがある。

 最近の幼女の間では、こういうものが流行っているんだろうか?


(いや、待てよ……)


 顔を上げ、千里は顎に手をやった。

 確かに普通傍点の幼女には尻尾など生えているはずない。そう、あくまで……普通なら。


 でも、もしそうでないとすれば?

 特殊な境遇だとすれば?

 それを持っている存在のことは誰でも知ってるではないか。


量子機甲兵ナノドール……」


 思わず漏れ出たその言葉は、ある存在のことを指すものだ。

 すなわち少女のサイボーグ――量子装甲と呼ばれる鎧を纏い、人類を守る戦士達。


 旧来からの新聞、テレビや、ARDを媒体としたネットメディアの中で、彼女達のことが話題にならない日はない。それもそのはず彼女達は、異次元から来た敵に対抗できる人類の希望なのである。


 そういう事情を鑑みて鏡をじっと見つめてみると、自分の尻から生える物体は、彼女達の持つコードテイルと寸分違わぬ形をしていた。


「いやいやいや」


 だが、そんなことはありえない。

 量子機甲兵ナノドールとは、ようするに世界最強の兵器のことなのだ。その身に纏う装甲は核兵器すらも無効化し、もし戦争に使用すれば、たった一機の戦力だけで都市をも殲滅できるという。


 ただの不良にすぎない自分がどうしてそんなものになる?


「つか、それ以前に男だし」


 千里はうんうん頷いた。

 さすがにそんな馬鹿げたことは思い過ごしに違いない。


 はっとしたのは、その時だった。


 背筋にゾクリと悪寒が走る。

 思わず一歩下がった彼は目の前の鏡を凝視した。



 根拠すらなく確信したのは、研ぎ澄まされた神経のせいだ。

 音がしたというわけではない。だが何者かの不気味な〝視線〟を本能が感じ取ったのだ。


「……出てこいよ、のぞき野郎」


 声を低くして唸るように言うと、近くで息を呑む気配。


「二秒やる。出てこねぇならぶっとばす。交渉の余地はねぇぞ、コラ」


『……ンッフフフ、よくボクのことに気付いたねェ』


 すると男の声がした。

 まるで機械を通したみたいな歪な笑い声だった。


『さすが最強の元不良、悪鬼の異名は伊達じゃあないねェ』


「いいから姿を見せやがれ!」


『やれやれ、せっかちなんだから』


 瞬間、鏡に亀裂が走った。

 同時にそこから何かが飛び出し「うおっ!?」とのけぞる千里の前にポーズとともに着地する。


「おはようベイビー、いい朝だ! 可愛いボクの愛娘!」


 立っていたのは、変態だった。 

 イカれたマッドサイエンティスト、そう称する他ない奴が目の前にぬっとそびえていた。


「なっ、なんだてめぇ!?」


師教授エンジニアス……そう呼ばれている存在さ」


 正体不明の存在はキザったらしい声音で言った。

 千里はごくりと唾を呑む。

 瓶底みたいな四角い眼鏡に、作りものめいたとんがり頭スネオヘアー。白衣を纏った案山子のようなそのひょろ長な体型といい、なんというかもう、明らかに、不審者そのものだったのだ。


「キミとこうして話せるなんて、なんだか夢を見てるみたいだ!」


「そりゃあこっちのセリフだよ! なんなんだ、てめぇ!? どこだここはっ!? オレはいったいどうなった!?」


 眉を釣り上げてキーキー喚くと、だが不審者は、ちっちと舌打ち。

 そいつはカメラを取り出して、突然パシャリとフラッシュを焚いた。「は?」という声を上げる間もなく、いいアングルだ、と言わんばかりにパシャリ、パシャリともう二枚。ついでに一枚撮ったところで、ぐっと親指を上げ、


「うん、いいね。小学生は最高だね!」


「やかましいわコラ! 通報すんぞ!」


 ……筋金入りの変態だった。

 何者なのかは知らないが、小学生の女の子が防犯ブザーを持たずに接するべきではない人種なことは確かだろう。


(どうする……逃げる、べきなのか? でも、このオレがそんなこと……)


 幼女としての危機感と、不良少年としての矜持の狭間に立たされた千里は、彼としては非常に珍しいことに行動に二の足を踏んでいた。

 と、そんな隙を突くかのように、変態はすごく自然な動作で平坦な胸を撫でてくる――「ナイス、ナイチチ!」といい笑顔――彼は拳を振り上げた。


「ごぶっ!? ぐはァァァァァ!?」


 凶弾をモロに食らった体は、くの字に曲がって、宙に浮き、ごろごろ床を転がって寝台の角に激突した。男は喘ぎ、身悶える。その背をドスッと足で踏む。


「……なぁオレさ、正直すげぇこまってるんだわ。お前にわかる、この気持ち?」


「わ、ワカるっ……ワカるともっ!」


「だったら、さっさと吐きやがれ。てめぇはいったいなんなんだ? この場所についてなに知ってる?」


「は、話すからっ! 足どけてっ!」


「やなこった」


「んほぉ!? せ、背骨ぇぇぇぇえ!? そんなグリグリ踏まれたらぁぁぁぁぁぁっ!?」

 白目を剥いて叫んだ男は海老反りになって突っ伏した。

 ビクンビクンと震えるそれをゴミを見る目で千里は見下ろす。


「まったく、ほんと……ツイてねぇ」


 そして誰にでもなく、そう呟いた。

 この不審者を締め上げるのは少々骨が折れそうだった。

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