第5話:勇者という名の「新規参入者」
「……ですから、勇者様。あなたのその『聖剣の輝き』は確かに素晴らしい。ですが、現在の市場価値(マーケット・バリュー)で見れば、明らかに過剰供給(オーバースペック)なんです。もっと身の丈に合った、ROI(投資対効果)の高いクエストを選びませんか?」
魔王城の第3層。かつては侵入者の白骨が転がり「屍の荒野」と忌み嫌われたその場所に、現在は防音完備の『カスタマー・リレーション・センター』が鎮座している。
佐藤は、全身を眩いばかりの最高級白銀装備で固めた勇者アルスを前に、魔導計算機のキーを叩きながら淡々と告げた。
「な、何を言っているんだ貴様は……! 俺は魔王を倒し、世界を救いに来たんだぞ! 道中の怪人たちが『本日は入場規制中です、整理券をお持ちの方以外はエンカウントできません』とか言って通してくれないのはどういうことだ! どけ! 魔王を出せ!」
勇者アルスが聖剣を、高級大理石で設えられたカウンターに叩きつける。鋭い金属音が響き、佐藤の傍らに置かれた冷却液(アイスコーヒー)の表面が微かに揺れた。しかし、佐藤の右目『全知の魔眼』は、聖剣の刀身に刻まれた「耐久度:88%」「市場参考価格:金貨500万枚」「聖属性付与コスト:年あたり金貨30万枚」という数値を、静かに、かつ無慈悲に読み取っていた。
「勇者様、落ち着いてください。公共の場です。あなたが怪人と戦うのは、あなたの『正義』のためでしょう? ですが、経営側からすれば、それは『不測の損害(ロス)』でしかないんです。あなたが怪人を一匹倒すごとに、我が軍は教育費と錬成費を失い、あなたは一方的に経験値という名の無形資産を得る。……この不均衡な富の移転、現代のコーポレート・ガバナンスに照らして、いささかアンフェアだと思いませんか?」
「ふ、不公平……!? 魔王軍が、……あの略奪と破壊の限りを尽くしてきた魔王軍がそれを言うのか! 貴様らはどれだけの村を焼き、どれだけの財を奪ってきたと思っている!」
「過去の放漫経営については、現在私が全力を挙げて清算(リスケ)しているところです。私が着任して以来、我が軍は不当な略奪を一切停止し、適切な対価に基づくサービス業へと業態転換しました。つまり、現在のあなたは『正当な営業活動を妨害する不法侵入者』、ビジネス用語で言えば『既存の市場を破壊する、極めて悪質な新規参入者』に過ぎません。あなたが正義を振りかざすたびに、我が軍の怪人たちの雇用が脅かされているんです」
佐藤の背後から、魔力で編まれた四本の『マルチタスク・テンタクル』が、生き物のようにうねりながら一通の重厚な書面を勇者の前に差し出した。そこには、金色の箔押しで『公式指定ライバル・プロフェッショナル契約書』と記されていた。
「勇者様。あなたはこれまで、無報酬で世界を救おうとしてきた。ですが、実家への仕送り、折れた聖剣の修理代、パーティーメンバーのポーション代……それらはすべて持ち出し、つまり自己負担のはずです。我々の試算では、このまま魔王討伐という名の不採算事業を続けた場合、あなたは魔王の部屋に辿り着く前に『自己破産』します。聖騎士の鎧のローン、あと何年残っていますか? 魔法使いのエリナさんの大学奨学金の返済は?」
「……な、……十五年だが……。エリナのは……あと八年……。……なぜそれを知っている……!」
勇者の顔が、わずかに引きつった。佐藤の演算は正しかった。正義感の強い若者ほど、経済的な困窮という「現実のボトルネック」に弱い。
「そこで、我が軍の『公式アンバサダー』になりませんか? あなたが城に来る曜日と時間を固定し、我々が用意した『適度な強さの四天王』と、手に汗握る決戦を演じていただく。その様子を魔導水晶で全世界に有料配信(PPV)し、その収益の30%をあなたにキックバックします。……どうです? 正義も成せて、ローンも一括で返せますよ。あ、魔王との最終決戦については、半年後の『グランドフィナーレ・興行』としてスケジュールを組んでおきますので。それまではチケット販売促進のマーケティングに協力してください」
「俺の……俺の正義が、金儲けの道具に……? 冗談じゃない、そんな汚らわしい契約……」
「汚らわしいのは、あなたの仲間の胃袋を空にすることではないですか? 契約していただければ、我が軍の福利厚生施設——高級温泉大浴場と、食べ放題のビュッフェも利用可能です。勇者様、あなたの聖剣は、世界を救うためではなく、仲間を養うために振るわれるべきではないですか?」
勇者アルスは、震える手で契約書を手に取った。彼の『魔王を倒したい』という純粋なエネルギーは、佐藤の冷徹な計算式によって、すでに「興行収入を最大化するための資源」へと変換されていた。
佐藤の右目には、勇者が「競合他社」から「最も収益性の高い専属タレント」へと書き換えられるログが、鮮やかに流れていた。不眠不休の『ブラック・コア』が激しく拍動し、佐藤は次なる市場——「魔王軍というブランドの再構築」へと思考を暴走させた。
「……まずは、その聖剣の鍔に我が軍のロゴを刻印(スポンサード)させていただけますか? 決戦のアップ時に、カメラに映りやすい角度でお願いします」
コンサルの侵略は、剣よりも鋭く、毒よりも深く、世界の構造を書き換えていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます