第3話:怪人の離職率100%(死亡含む)

「……結論から申し上げます。この怪人製造ライン、歩留まりが悪すぎます。率直に言って、ドブに札束を投げ捨てているのと同義です」


魔王城の地下深奥、どろりと濁った魔力が大気を歪ませ、腐敗と新生の臭気が混じり合う「怪人錬成プラント」。

佐藤の右目『全知の魔眼』が放つ青白いスキャン光が、ベルトコンベアから次々と吐き出される異形の群れを無機質に解析していく。網膜に流れるログは、赤字を示す警告色(アラート・レッド)で埋め尽くされていた。


「何を言うかサトウ! 我が軍の誇る『量産型オーク』だぞ。一晩で百匹は錬成できる。壊れたらまた作ればいい。それこそが我が軍の無限の兵力、恐怖の源泉、強大さの証よ!」


鼻息荒く胸を張るのは、現場統括を司る四天王の一人、猛将ゴルガ。その咆哮だけで地下の空気が震えるが、佐藤の背から伸びた四本の『マルチタスク・テンタクル』は、微動だにせず、宙に一枚の生々しい「実態調査報告書」を投影した。


「その『強大さの証』が、組織を内側から食い潰しているのがわからないのですか? ゴルガ閣下、一匹のオークを錬成するのに必要な高純度魔石のコスト、食費、そして教育訓練費……。それに対し、彼らが戦場で勇者の聖剣に撫でられ、光の粒子となって消滅するまでの平均生存時間は、わずか十二秒です。時給換算すれば、一秒ごとに金貨が三枚ずつ蒸発している計算になります。閣下の咆哮一回につき、オーク三匹分の予算が消えていると言えば理解できますか?」


「じ、時給だと……? 我ら魔族にそのような卑俗な概念は……!」


「概念がないから赤字なんです。シニストラ人事部長、あなたの『洗脳と恐怖』による統治も限界です。死を恐れぬ兵士と言えば聞こえはいいですが、それは単に『自己保全本能という、生物に備わった最も安価で高性能な安全装置』を意図的に破壊しているだけだ。壊れた安全装置の修理代を、誰が払うと思っているんですか?」


佐藤は触手で複雑な術式を空中に描画し、プラントの制御OSを強制的に書き換えていく。

自身の不眠不休を支える『ブラック・コア』が激しく拍動し、そこから供給される安定した魔力の波動が、鉛色の管を通じて錬成槽へと流れ込んだ。


「本日付で、怪人の使い捨てを厳禁とします。『怪人資産化計画』を発動。彼らを『消耗品(サプライ)』ではなく『長期的な減価償却が必要な固定資産(アセット)』へと再定義します。いいですか、壊れたら直す。死なせないことで、初期投資(イニシャルコスト)を回収し、練度という名の付加価値を積み上げるんです」


佐藤の指示により、戦場で部位欠損した怪人を即座に回収し、接合・修復するための「魔導リサイクル・サナトリウム」が併設された。さらに佐藤は、怯え、ただ命じられるままに死を待っていたオークの一匹を触手で吊り上げ、その至近距離で『言霊の喉笛』を共鳴させた。


「いいか、お前たち。今日からお前たちには、ただの番号ではなく『個体識別名(ネーム)』を与える。さらに、週休二日制と、魔界初となる『労災保険』を導入する。死ぬな。死んだら組織に損害が出ると思え。勇者に勝てとは言わない。だが、泥を啜ってでも死なずに帰ってこい。生きて帰れば、明日の支給食肉を1.5倍に増量し、家族への仕送りを保証する」


吊り上げられたオークの、濁っていた瞳に初めて「生気」——いや、「損得勘定」という名の理性の光が宿った。


恐怖という外圧ではなく、利益という内発的動機。

佐藤が導入したこの「構造的補正」は、瞬く間に魔王軍の末端まで浸透した。怪人たちは「死なないこと」に異様な執着を見せ始め、効率的な撤退戦を自学し、互いの傷を舐め合い、生存率を高めるためのチームプレーを覚え始めたのだ。


「……サトウ、奴らの戦い方が変わったな。妙に粘り強いというか……生き汚いというか。昨日など、乗り込んできた勇者が『手応えがなくて面白くない』とボヤきながら、一匹も倒せずに帰っていったぞ」


魔王バラムが、モニターに映る「定時で一斉に退勤し、詰所で麦茶を飲みながら戦術を議論するスケルトン兵」の列を見ながら、複雑な表情で呟く。


「それでいいんです。勇者にカタルシスを与えすぎず、かつ我が軍の損失を最小限に抑える。……顧客(勇者)に一定の満足を与えつつ、こちらの在庫を減らさない。これこそが持続可能な防衛ビジネスの形です。魔王様、世界征服とは『敵を全滅させること』ではなく『敵が手を出せないほど盤石な経済圏を作ること』なのですよ」


佐藤の右目には、怪人の生存率上昇に伴い、自身のメンテナンス費用が「営業利益」として安定して計上されていくログが、静かに、しかし力強く流れていた。

だがその一方で、佐藤の改造された心臓は、休息を知らぬまま熱を帯び続け、次の「不採算部門」——すなわち、無能な中間管理職たちのリストアップを開始していた。


「次は、あの使い勝手の悪い四天王共の『役職定年』と『適正配置』に着手します。無能な上司によるロスタイム、これこそが最大の埋没費用(サンクコスト)ですから」


コンサルの暴走は、もはや魔王ですら止められる領域を超えていた。

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