第2話:魔王城、オープン。

「……甘い。シニストラ人事部長、あなたの『恐怖』は、あまりにも投資対効果(ROI)が低すぎる」


静寂が支配するはずの拷問室に、佐藤の冷徹な声が響く。

彼の背から生えた四本の『マルチタスク・テンタクル』は、まるで意志を持つ独立した生物のように、空中へホログラフィックな数値を次々と投影していた。


「な、何が甘いというのよ! この私自ら、捕らえた冒険者に精神攻撃(サイコ・ディザスター)を叩き込んでやったわ。もう廃人同様よ、これ以上の恐怖がどこにあるっていうの!」


四天王の一人、シニストラが苛立ちを露わにする。彼女の指差す先には、泡を吹き、虚空を見つめたまま痙攣する冒険者の男が転がっていた。魔族の美学からすれば、それは完璧な「戦果」だ。しかし、佐藤の右目『全知の魔眼』が弾き出したのは、血も涙もない経営判断(ジャッジ)だった。


「顧客が求めているのは『本物の死』ではなく『死ぬかと思ったという極上のスリル』です。廃人にしたらリピーターにならないでしょう? 彼はもう、二度と財布を開くことはない。貴重な『可処分所得を持った見込み客』を一人、あなたの無計画な暴力が殺したんです。我が軍のビジネスモデルは、一度滅ぼして終わりの『切り捨て型』から、何度も通わせる『LTV(顧客生涯価値)最大化型』へ転換したと言ったはずですが?」


「エルティー……? 呪文なの!? さっきから何を言っているのよ、この怪人が!」


「呪文ではなく、生存戦略です」


佐藤は触手の一本で、冒険者の喉元に『魔導リミッター』を装着した。瞬時に男の瞳に正気が戻り、ガタガタと震えながら周囲を見渡す。


「いいですか、シニストラ。恐怖とは、管理されて初めて価値を持つ資源なんです。あと、その拷問器具。錆びていますね。破傷風の予後管理コストを計算しましたか? 感染症で死なれては、死体の処理費用(廃棄コスト)がかさむだけです。明日までに、すべてのアイアンメイデンに抗菌コーティングを施してください」


佐藤の『言霊の喉笛』による圧の強い指導が、シニストラの自尊心を物理的に削り取る。彼女は言い返そうとしたが、佐藤の触手が差し出した「来月の運営予算案」を見て、言葉を失った。そこには、魔王城を一般開放した際に予想される、天文学的な「入園料収益」が記載されていたからだ。


「本日をもって、本丸までの『トラップ通路』を『体験型アトラクション:奈落への招待状』として一般開放します。……魔王様、定刻です。準備は?」


玉座の奥で、魔王バラムが不安げに立ち上がった。


「う、む。この格好で本当に良いのだな、サトウ? 我は……もっと、こう、威厳を……」


「威厳よりも『親しみやすさ』です。顧客が望んでいるのは、雲の上の存在ではなく『自分たちを驚かせてくれるサービス担当者』としての魔王なんです。……さあ、いってらっしゃいませ」


城の重厚な正門が、重苦しい音を立てて開く。

そこに立っていたのは、決死の覚悟で乗り込んできた、若きランクCの冒険者パーティだった。


「覚悟しろ魔王! 今日こそ、この呪われた城を……えっ?」


彼らが目にしたのは、血に飢えた怪人の群れではなかった。

スタイリッシュな黒い制服に身を包み、背筋を伸ばして整列したスケルトンたちの、寸分の狂いもない完璧な「お辞儀」だった。


「ようこそ、デストピア・リゾートへ。本日は混雑が予想されます。魔王との『謁見・決戦体験』をご希望の方は、こちらの整理券をお取りください」


佐藤の触手が、流れるような動作でリーフレットを差し出す。冒険者たちは呆然とそれを受け取った。


「待ち時間の間に、あちらの『毒沼ソーダ』はいかがですか? 禍々しい紫の色味ですが、味は健全なグレープ味です。魔導水晶での“映え”は、我が軍の技術部が総力を挙げて保証します。あ、武器の持ち込みは『魔導リミッター』の装着が必須となりますので、あちらの検品カウンターへ」


「な……何を言ってるんだ!? 俺たちは世界を救いに……」


「世界を救う『体験』、提供中ですよ。ちなみに今なら、期間限定キャンペーン中につき『四天王の一人と戦って、圧倒的な絶望を味わいながらも生還できる』プレミアムプランが五割引き。さあ、最高の死の思い出作りへ、いってらっしゃいませ」


佐藤の演算によれば、人間は「勝てない恐怖」には近寄らないが、「管理された恐怖」には大金を払う。

勇者候補たちが戸惑いながらも、城内の「毒沼カフェ」へ吸い込まれていくのを、佐藤は無表情で見送った。


彼の右目には、入園料が振り込まれるたびに、自身の心臓『ブラック・コア』の莫大な維持費が確保されていく安堵のログが流れていた。


だが、背後で魔王が小さな冒険者の子供と記念撮影をし、ぎこちないピースサインを作っているのを見た時、佐藤の論理回路に一瞬のノイズが走った。


「……効率は良い。ですが、この光景を『世界征服』と呼んでいいのか、私のデータベースにはまだ答えがありませんね」


佐藤は独り言ち、次の「ましまし」——怪人の労働環境改善案の策定に着手した。

彼の不眠不休の戦いは、まだ始まったばかりだった。

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