株式会社 世界征服 ~赤字の秘密結社を観光地化して立て直す~

五平

第1話:世界征服を請け負いました

意識が浮上した瞬間、佐藤が感じたのは「最適化」の予感だった。


視界の端に、見たこともないログが走る。

心臓の鼓動は重く、金属が擦れるような鈍い音が胸の奥で鳴っている。


「……目覚めたか、人間。いや、今日からは我が軍の『知』を司る、最高位の怪人だ」


禍々しい玉座から、巨躯を震わせるような声が響く。魔王バラム。

その背後には、異形の姿をした「四天王」たちが、威圧的な殺気を放ちながら並んでいた。


普通なら、ここで命乞いをするか、発狂するかの二択だ。

しかし、佐藤の脳内に移植された『全知の魔眼』は、目の前の魔王を「絶対的な支配者」としては認識しなかった。


> 【対象:魔王バラム】

> 【経営者スキル:情熱(S) / 事務能力(G) / コンプライアンス意識(測定不能)】

> 【特記:ワンマン経営による深刻な意思決定不全】


「……なるほど。これが『現場』ですか」


佐藤はゆっくりと立ち上がった。背中から四本の黒い触手が、本人の意思を反映するように、事務机を求めるようにうねり出す。


「ほう。改造直後でこれほど冷静とは。気に入ったぞ。貴様のその知略で、我に世界を滅ぼす術を授けよ!」


バラムの高笑いに、佐藤は深く溜息をついた。その溜息は、改造された『言霊の喉笛』を通り、物理的な衝撃波となって玉座の間を震わせる。


「魔王様。まずはその『世界を滅ぼす』という曖昧なKPI(重要業績評価指標)を破棄してください。あまりにも解像度が低すぎます」


「……けーぴーあい? 何だそれは。我は、人間どもを恐怖させ、蹂躙し、全土を焼き尽くしたいのだ!」


「それがダメなんです」


佐藤は触手を高速で動かし、虚空に青白い光の魔導スクリーンを展開した。そこには、魔王軍の現状が、佐藤の演算によって冷徹なグラフとして可視化されていた。


「この組織の貸借対照表(BS)を見てください。資産の80%が『使い道の不明な呪術兵器』と『広すぎて清掃が行き届かない城』。流動資産——つまり現金が、兵士たちの食費3日分しかありません。対して負債は、怪人の修理費と魔石の維持費で天文学的な数字です」


「な、……何を言っている?」


「つまり、二週間後にこの組織は確実に倒産します。 勇者が来る前に、兵士たちが餓死して組織が霧散する。これが、データが導き出した唯一の真実です」


静まり返る玉座の間。四天王の一人、技術担当の「腐敗の賢者」が、カタカタと顎を鳴らして反論した。


「馬鹿な。我らには『絶望の毒ガス』がある。これを使えば、一晩で王国の一つや二つ……」


「そのガスの製造コスト、計算しましたか? 希少な毒草の輸入ルートは? 輸送中の腐敗ロスは? ……データによれば、ガスを一回撒くたびに、魔王軍の経常利益はマイナス400%です。撃てば撃つほど首が締まる。貴方は天才的な技術者かもしれませんが、経営者としては三流以下ですよ」


「なっ……! 貴様、このワシを……!」


「……ですが」


佐藤の右目が、鈍く、しかし激しい熱を帯びて光った。

彼の「思考の暴走」が、最善のルートを導き出す。


「この組織には、世界最高の『コンテンツ』が揃っています。この禍々しい城、動く骨、空飛ぶ異形。これらを『侵略の道具』として使うのは、フェラーリで畑を耕すようなものです。宝の持ち腐れだ」


佐藤はニヤリと、人間を辞めた口角を釣り上げた。


「魔王様。世界征服の定義を書き換えましょう。武力で奪うのは前時代のビジネスです。これからは、『全人類に、この恐怖を娯楽として売りつける』んです。ここを、世界唯一の、死と絶望のテーマパークにする。人間どもに、自ら入場料を払わせ、笑顔で支配されに来させる。……それが、私の提案する『持続可能な世界征服』です」


魔王は、呆然と佐藤を見た。

触手で複雑な事業計画書を空中に描き続け、不眠不休のコアから蒸気を上げるその男は、間違いなく「悪役」よりも恐ろしい情熱を秘めていた。


「面白い。……気に入ったぞ、怪人サトウ! 全権を貴様に預ける。この城を、どうとでも作り替えよ!」


「承知いたしました。では早速ですが、魔王様」


佐藤は、流れるような動作で『言霊の喉笛』の出力を上げた。


「その黄金の玉座、今すぐメルカリ……もとい、魔導オークションに出してください。当座の運転資金に回します。あと、四天王の皆さんは、明日から入り口でパンフレット配りの研修です。……返事は?」


「「「ひ、……はいいっ!!」」」


魔王軍の歴史上、最も平和で、最も冷酷な「構造改革」が、今ここに始まった。

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