第8話 §戦場に舞い降りた黒い悪魔§

『必ず助ける』


 リサは、どこからか少年の声が聞こえたような気がした。

 辺りを見回す。


 と、その時、黒いローブを身に纏った一人の少年がスッとバンドラの横に立った。


「え!」

 リサが少年に気付き驚いて声を出した。


「な、なに! どこから現れた!」

 バンドラや数十人いるバンドラの兵士たちも、それに対峙する百人以上いるであろう城の親衛隊兵士たちも、後ろに控えるダバンの兵士たちも、いつ、どこから少年が現れたのか、バンドラの隣に立つまで、誰一人気付かなかった。

 そこに居合わせた全ての者が状況を呑み込めず言葉を失った。


 リサが驚いて少年を見つめると、少年はリサに微笑んで言った。

「君を守る」


 バンドラが少年を睨みつけ声を荒げ怒鳴りつける。

「何者だ。貴様は、ガキの来るところじゃねえぞ!」

 バンドラは左手のリサをつないだ鎖を握りしめ、右手に持った大きな剣を容赦なく少年に振り下ろした。


 次の瞬間バンドラとリサの足元に、ボトッ! という鈍い音とともに剣を握った手首が転がり落ちた。


 バンドラの右手首が切り落とされた。そのなくなった右手首から血が滴り落ちる。


 黒いローブのフードから、まるで人の心を持たない悪魔のような冷たい視線がバンドラを刺すように見つめる。


「ひっ! て、手が、うわー!」

 バンドラが叫ぶ。


 黒いフードの奥から静かな声がバンドラに向けられる。

「その子の鎖を放せ。そうしなければ、そっちの手も切り落とすぞ」


 少年だと思っていたが、まるで強大な黒い悪魔であるかのような凄まじいオーラを放っている。


 周りにいた屈強なバンドラ軍の兵士たちが震えながら後ずさりした。

 バンドラも恐怖に声を震わせながら精一杯怒鳴るように言う。

「お、おい! お、お前ら、こ、こいつを殺してしまえ!」

「し、しかし」

「今のは油断しただけだ。早く殺せ!」

 少年は冷たい目線を兵士たちに向け、右手で兵士たちを指差すように、まっすぐ胸の前に腕を伸ばした。


「見えるか?」


「……」

 兵士たちは顔を見合わせ後ずさりする。

 誰も少年が何を言っているか分からなかった。


 ダバンがザンガに様子を聞く。

「何が起こっているのだ?」

「わかりません。あの少女が何か力を使ったのでしょうか?」


 兵士の一人が後ろに逃げようとした。


 ここで兵士たちに動揺が広がり後ろの援軍から弓の攻撃が始まってはリサの命が危ない。


 少年は逃げようとする兵士を追ったかと思うと、兵士の背中にその右手を振り下ろした。


「グガーッ」


 という断末魔の叫びとともに、兵士は背中に深い切り傷を負ってその場に倒れた。

 更に、その場を逃げようとした兵士が血を流して倒れる。


 まるで地獄絵図のように、次々にバンドラ軍の兵士が血しぶきのなかに倒れていく。


 気が付くと、その場はバンドラただ一人となっていた。


 少年は後ろからの援護射撃を察知してダバンたちの兵士の方に走った。


 ダバンは何が起こっているかもわからず、ギレイルを怒鳴りつける。

「何が起こっているのだ! バンドラの兵士は誰と戦っているのだ!」

「わかりません。わかりませんが次々に倒れていっているのです」

「そんなこと、あるはずがないであろう!」

 ダバンは、このままでは城の親衛隊の兵士が攻撃してくるのではとたじろいだ。


「ギレイル! 何をしておる。結局、あの子は何の力も持っていないではないか! あの子も殺してよい! 攻撃せよ!」

 とギレイルに攻撃を命じる。


 ギレイルも状況を把握できないまま兵士たちに攻撃を命じる。


「撃て! 弓を射よ!」


 しかし、次の瞬間、弓を構えていた兵士たちが次々に血を流してその場に倒れていく。

「な、何! 何が起こって……ひっ」

 ギレイルが声を失った。


 気が付くとギレイルの前に少年が立っていた。


 そして、まるで光に透けるような美しい剣がギレイルの喉もとに突き付けられていた。


「もう、お前たち二人しか残っていない。あの片手を失った男はもう戦えない」


 少年が言っている後ろから、ダバンが少年を斬りつけてきた。

 しかし、少年は、それより早くギレイルの喉を切り裂き、一瞬にして斬りつけてくるダバンの脇をすり抜けるようにしながら、その体を切り裂いた。


「お、お前は……」

 と言葉を残しダバンはその場に倒れた。


 倒れていた兵士の一人が弓で少年に狙いをつけた。それに気付いたリサが大声をあげた。

「危ない!」

 少年は振り返るより速く兵士に斬りかかり、その矢が放たれる前に兵士の腕を切り落とした。


 少年はもう一度バンドラのところに行き静かに言った。

「鎖を放せ」


 バンドラは最後の力を振り絞り、鎖でリサを絞め殺そうとした。


 その瞬間、少年の美しい剣が光を放ち、鎖を断ち切り同時にその剣は一瞬にしてバンドラの胸を貫いた。


 バンドラはその場に倒れた。


 気が付くとダバンとギレイル、バンドラとその兵士たち総勢二百人近い兵士がその場に倒れていた。


 たった一人の少年に一国の一軍隊が壊滅された。


 その黒いローブに身を包んだ少年は、まさに戦場に現れた黒い悪魔だった。


 ディオレラ王国の親衛隊の兵士たちは言葉を失い少年を見つめた。

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