ディエップ上陸作戦は、軍事的には失敗に終わった。カナダ軍は甚大な損害を被り、多くの若者が海岸と街路に倒れた。作戦は数時間で中止され、生還した者たちは、勝利の歓呼ではなく、沈黙の中で帰還した。

 しかし、戦争は勝敗だけで測られるものではなかった。

 ディエップで得られた情報は、後の連合軍上陸作戦の計画に深く組み込まれていく。特に、ドイツ軍レーダーの運用実態と通信体系に関する知見は、連合軍の電子戦能力を大きく前進させた。

 ロンドン。

 海軍司令部の一室で、テイト大佐は報告書に目を落としていた。そこには、電話線切断によって傍受された通信記録と、簡潔な評価が記されていた。

―任務、成功。

彼はその二文字を、長いあいだ見つめ続けた。

 ニスタールは、その後も軍務に就いた。彼について公式に語られることはほとんどなく、勲章も大きく報じられることはなかった。彼が背負った空色の背嚢と、それに向けられた十二挺の銃のことを、記録は語らない。

 だが彼自身は知っていた。あの瞬間、自分が守られていたのは、命令でも国家でもなく、名もなき若者たちの決意だったことを。

 戦争が終わったのち、レーダーは進化し、通信は見えない戦場を支配するようになった。だが、その起点のひとつが、1942年8月8日の夜明け前、ディエップの街外れに立つ一本の電線塔であったことを、知る者は少ない。

 歴史は勝者の名を刻む。しかし、勝利を可能にした沈黙と犠牲は、しばしば名もなく埋もれていく。

 空色の背嚢も、やがて誰にも語られなくなった。

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