三
1942年8月8日、深夜。五千名のカナダ兵とコマンド部隊は上陸用舟艇に乗り込み、海を渡ってディエップへ向かった。ニスタールの背負う軍用背嚢は、ひときわ目立っていた。ほかの兵士たちが背負っている黄褐色のカーキ布製のものではなく、空色の背嚢だったからである。
出発前、大佐は気まずそうな表情で、その空色の背嚢を彼に手渡した。
理由がわからず、彼は思わず抗議した。
「正気ですか?こんなものを背負ったら、本物の的になるじゃないですか」
だが言い終えると同時に、彼はすべてを悟った。ニスタールは何も言わず、背嚢を受け取った。
午前三時、フランス・ディエップの海岸が目前に迫った。兵士たちはそれぞれ配置につき、前方を凝視したまま、一言も発しなかった。ニスタールは艇の中央に座り、周囲をコマンド兵が取り囲んでいた。やがて、海上に金属音が連なって響き、上陸兵は一斉に銃剣を装着した。ほどなく彼らは死の線に入った。ドイツ軍が侵入を察知し、沿岸砲が轟音を立てて火を噴いた。浜辺では、五千名のカナダ兵が、弾雨と砲火の中を強行上陸していった。
ニスタールと十二名の戦友は、障害物を越え、ディエップの街路を一気に駆け抜けた。
フランスの市民たちは窓辺に立ち、何が起きているのかわからぬまま、通り過ぎていく彼らを、まるで見世物でも眺めるように見ていた。コマンド部隊は立ち止まることなく、銃弾の唸りと機関銃の乾いた連射音の中を、ただドイツ軍のレーダー施設へと突進した。
そのとき、ニスタールが転倒した。前進していた十二名の兵士は即座に立ち止まり、すべての銃口が一斉に、あの空色の背嚢へと向けられた。ニスタールは、自分が神のように守られていると同時に、悪魔のように脅かされていることを感じた。
彼らの前には、死体で埋め尽くされた橋があった。十二名の戦友は、ニスタールが駆け抜けるのを待った。彼が走り出すと、彼らも同時に走り出し、己の身体で彼を庇った。
爆発によって立ち上る濃煙に紛れて数百メートルを進み、彼らは砲弾の跡のクレーターへと飛び込んだ。顔を上げると、ほど近い場所で、巨大な鋼鉄製のトラス構造が、ゆっくりと回転しているのが見えた。
「レーダーだ」
ニスタールは、戦友たちの手にある銃の存在を忘れ、全神経をレーダーの観測に集中させた。そのとき、彼の脳裏にひとつの考えが閃いた。前方に、十二本の電話線を張り渡した電線塔がある。その回線を通じて、レーダーが取得した情報は、ドイツ軍の各指揮所へ送られているのだ。
―もし、この電話線を切断すれば。
レーダーは、やむを得ず無線通信によって軍情を指揮所へ報告するはずだ。
そうなれば、英国の傍受施設がその通信を捕捉し、そこから得られる情報を照合することで、レーダーの技術的性能を解析できる。
ニスタールは、そう確信した。
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