第一話   彼女の死、異世界への扉

 結婚会場の外に出た瞬間、夜風が頬を撫でた。秋の空気はひんやりとして、酔いを覚ますにはちょうどいい。

 俺——篠崎翔太(しのざき しょうた)23歳。大学を卒業して、今は会社員として働いている。


 「今日は本当にいい結婚式だったね」


 そう言って、幸せそうに笑っているのは俺の恋人、水沢優希(みずさわ ゆき)23歳だ。

彼女も俺と同じ大学を卒業して、今は高校の陸上部のコーチをしながら喫茶店でアルバイトをしている。


 「ああ。新郎の泣き顔には笑ったけど」


 「翔太だって泣きそうになってたじゃない」


 からかうように肩を突かれ、思わず苦笑する。


その時、目の前を白い猫が横切る。


「あぶなっ……」


びっくりして、思わず声が出る。


「黒猫じゃなくてよかったね」


 優希が落ち着いた口調で済ませた。

いつもそうだった。俺が焦っている時も、優希は冷静に物事を見ている。

そんな二人だからこそ、ここまでこられたのかもしれない。


 同僚の結婚式に二人で呼ばれたのは初めてだった。

大学時代から付き合って、もう五年。僕らもそろそろ……

そんな空気が自然に漂う。


 「私たちも、いつかあんなふうに——」


 優希の声はそこで途切れた。少し恥ずかしそうに、夜空を見上げて誤魔化す。

 僕は答えを返せずに、ただ彼女の横顔を見つめていた。胸の奥に温かさが広がって、言葉よりも大切な何かが伝わってくる気がした。



 だが、その温もりは——次の瞬間、無惨に断ち切られる。


 「……ッ!」


  背後から、不意に荒い足音が迫った。

 反射的に振り返ったときには、もう遅かった。

 冷たい金属の光。

 そして、腹部を焼き切るような激痛。


 「——が、は……!」


 息が詰まり、声にならない声が漏れる。視界が一瞬で真っ赤に染まった。


 「翔太!? 翔太ッ!!」


  優希の叫びが耳に届く。彼女の瞳が恐怖と涙で揺れているのに、俺は何もできない。

 たが、優希はそれ以上襲われないようになのか、俺をかばうように覆いかぶさる。


 「やめてーーー!!」 


 「……ぐはぁ」


 男は構わず優希を数回刺した。


 「……きっ……ゆ…きーー」


  声を出そうとしても、出せない。意識が薄れていく中

 胸の中で、優希が力尽きていくのがわかった。


 「運がわるかったな」


 そう言い残して、男は去っていった。


 もう何も考えられない……ゆっくり瞼を閉じていくと、目の前が暗闇に包まれていく……




 ——どのくらい眠っていたのだろう……


 『……女を助けたいか?』


  耳元で、誰かが囁いた。

 不気味に澄んだ声。

 闇の底から響いてきたその言葉に、心臓が跳ねる


 『我は悪魔なる者』


 『我と契約を結べば、魂を代価に、お前に女を助ける力を与えよう』


  熱が、体中を駆け抜ける。焼けるような痛みと共に、意識がまた闇へ沈みかける。

 だが、その声だけは鮮明に、耳の奥に刻み込まれていた。


  『さあ、応えよ。人間よ。我と契約するか?』


 俺は最後の力を振り絞り、吐き出すように言った。


 「……契約だ」


 次の瞬間、闇は完全に俺を呑み込んだ。

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