第二話 目覚めと絶望


  瞼を開けた瞬間、鋭い光が視界を刺した。

 焼けるような痛みが走り、反射的に目を閉じる。だが、すぐに気づく。そこは病院の灯りでも、街灯でもなかった。


 ——青白い空。


 ——広がる見知らぬ草原。


 風が頬を撫で、草のざわめきが耳をくすぐる。


 「……ここは……?」


 確かに俺は刺された。腹に鋭い痛みを覚え、血を吐いて……。

 そして——。


 「……優希!」


  飛び起きる。

 記憶が鮮明に蘇る。

 俺の前に覆いかぶさった優希の背に、何度も突き立てられる刃。

 そのたびに彼女の体が震え、服が赤く染まっていった。


 「いやだ……そんな……」


 呼吸が荒くなる。耳鳴りが響き、全身の血が逆流するような感覚に襲われる。


 「なんで……なんで守れなかったんだ……!」


  拳を握り、地面を叩きつける。草の匂いが広がるだけで、何の答えも返ってこない。


 そのとき——背後から気配を感じた。

 振り返ると、黒い影。体は無く、

ぼやけて見えるが、頭の様な部分だけが中を浮いていた。


『契約は果たされた。お前は力を得たのだ。』


 その声。間違いない。あのとき、闇の中で聞いた声だ。


 「お前……俺に何をした!? 優希は……優希はどうなった!」


 感情のままに叫ぶ。声はかすれ、涙が喉を焼いた。


『女の魂は……わからん』


 不気味に口角が吊り上がった気配がした。


『お前を守るために自ら刃を受けた。その魂は深い愛情と共に散り、甘美な輝きを放っていた』


 「やめろ……!」


 耳を塞ぐ。だが声は頭の中に直接響いてくる。


 「我は、時空を操ることが出来る。」


 「おまえが望んでいる時間に戻してやろう。」


『ただし、その為には、お前に試練を与えねばならん。』


 「おまえの手に刻まれた紋章は呪いの力。」


 「その力で見事、試練に打ち勝ってみよ。」


 「試練は3つ」


 「すべての試練を終える事ができれば、その時に望みの時間に送ってやろう。」


 「ただし、1つ試練を終える度に、お前の魂をいただく。」


 「……たましい…!?」


 「な~に……魂といっても、目に見えぬもの。」


 「体に多少の変化は、あるだろうがな。」


 足元が崩れ落ちそうになる。


(無我夢中で悪魔との契約に応じたけど、そんなこと……)


 「本当にそんなことが出来るのか……」


 呟いた瞬間、ローブの影が揺れた。


『否。お前は望んだはずだ。あの女を助けたいと。ならば歩け。己の願いと呪いを抱いて』

 その声が消えると同時に、影も霧のように溶けて消えた。

 静寂だけが残される。


 ……俺はどうすればいい?


  優希のいない世界で、生きる意味なんてあるのか?

 声も姿も以前とは違う。

 腹に手を当てる。血はない。傷も塞がっている。

 けれど胸の奥には、えぐり取られたような空洞が広がっていた。


 空を見上げる。そこには現実離れした二つの月が並んでいた。

 ここが地球でないことを、嫌でも理解させられる。


 「……優希……」


 その名を呼ぶ。返事はない。風が答えを運んでくれることもない。

 ただ、翔太の心に誓いが刻まれた。


 ——必ず、取り戻す。


 ——どんな代償を払ってでも。


  その瞬間、体の奥底で何かが脈打った。

 闇の契約に呼応するように、右手の甲に赤黒い紋章が浮かび上がる。

 焼けるような痛みと同時に、不気味な力が流れ込んでくる。

 翔太は拳を握りしめた。


 「悪魔……この力が呪いでも構わない。絶対に、優希を……!」


 叫びは空に溶け、どこまでも響いていった。

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