第13話|未提出メモ

 私は、廊下の端に立っていた。


 人の流れに干渉しない位置。

 視界の隅に溶ける距離。

 誰の動線も邪魔しない。


 観測者として最適。


 端末を確認する。

 時刻。波形。揺らぎ。

 異常値は検出されていない。


 それでも、校庭方向のログを開く。


 放課後。

 小規模反応。立ち上がりは短い。

 規模は低位。自動収束域。


 通常なら、ここで終わる。


 私は拡大する。

 反応の縁。

 周辺の波形。

 対象H-02の位置情報。


 次の瞬間、欠けている。


 数秒。

 十数秒。


 欠測。


「……」


 誤作動ではない。

 端末は正常。

 測定環境も想定内。

 校内の基幹式も稼働している。


 同じ箇所を再生する。

 同じ欠け方。

 同じ時間幅。

 同じ空白。


 対象H-02は消えていない。

 その後のログに波形は戻る。

 存在は継続している。


 ただ、そこだけ測れない。


 私は端末を伏せた。


 欠測は、私のミスではない。

 機器の限界でもない。


 条件が揃わなかった。


 距離。

 角度。

 干渉。

 余白。


 測定不能領域が発生している。


 私はそれを、報告書の形へ落とし込む。

 文章にする。

 数値に置き換える。

 原因を仮定する。


 成立しない。


 成立しないものは、報告書に入らない。

 報告書は、成立した事実で構成される。


 入力欄を開く。


《小規模怪異反応:検知》

《規模:低》

《推定:自然消失》


 ここまでは、事実だ。


 欠測については、書かない。


 原因が確定していない。

 確定していない事実は誤解を生む。

 誤解は判断を誤らせる。

 誤った判断は介入を生む。


 介入は、観測ではない。


 備考欄を見下ろし、指を止める。


《備考:なし》


 送信。

 端末が短く振動する。

 提出完了。


 私の報告書は正しい。

 ただし、重要な事実が含まれていない。


 端末を閉じる。


 次に必要なのは、原因の切り分けだ。


 対象H-02は消えていない。

 欠測が発生した。


 原因候補は二つ。


 私が遠い。

 または、対象が遠い。


 対象は校庭にいた。

 その後、通常の位置情報に戻っている。

 移動は想定範囲。


 なら、遠かったのは――私だ。


 私は校門方向へ歩き出す。


 放課後の校舎。

 人の密度が落ちる。

 視界が抜ける。


 校門付近。

 人の流れの切れ目。

 対象H-02を視認。


 氷室二郎。

 歩調は一定。

 姿勢は崩れていない。

 周囲の反応は薄い。


 距離を詰める。

 干渉しない範囲。

 見失わない距離。


「……先輩」


 対象H-02が振り向く。

 目が合う。


 欠測は発生しない。


 端末は開かない。

 視線だけで位置を固定する。


「……確認が必要です」


「何の?」


 説明はしない。

 説明は情報を増やす。


「危険性はないです」


 事実だ。


「安全確認です」


 対象H-02は黙る。

 拒否はない。


 私は並ぶ。

 同行ではない。

 監察距離をゼロにする。


 歩き出す。

 距離は一定。


 欠測は起きない。


 私は理解した。


 遠かったから、見失った。

 近ければ、見失わない。


 だから――

 今日は、このまま帰る。

 

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