第12話|届かなかったもの
違和感は、
音より先に来た。
放課後の校内。
人の気配が抜け始める時間帯に、
空間の張りが、わずかに乱れる。
結界そのものは健在だ。
特災局仕様の基幹式は、
正しく機能している。
――なのに、
滲んだ。
「……ちっ」
ほむらは小さく舌打ちし、
走り出した。
武器はない。
今日は、持ち歩く必要のない
日常側の巡回だった。
侵入ではない。
破壊でもない。
境界の内側で、
“余白”が生じただけ。
下級。
それも、
形を持ちきれない手合い。
判断としては、
急ぐ必要はなかった。
通常なら、
局の自動収束で消える。
あるいは、
こちらが対処に出る前に、
環境に弾かれる。
――そのはずだった。
走りながら、
気配を探る。
校庭の方角。
嫌な位置だった。
そこに、
彼がいる。
「……まさか」
結界は壊れていない。
管理は完璧だ。
氷室の調整も、入っている。
それでも、
違和感は消えない。
ほむらは、
速度を上げた。
怪異の気配が、
安定しない。
怖がっているわけじゃない。
逃げようとしているわけでもない。
――存在が、
定まっていない。
校庭に出た瞬間、
視界に彼が入った。
氷室二郎。
立っているだけだ。
構えはない。
緊張もない。
呼吸も、普段通り。
そして――
そこに、怪異はいなかった。
遅れた。
そう判断するには、
何かが違いすぎた。
戦闘の痕跡がない。
術式の残滓もない。
干渉の歪みもない。
“処理された”形跡が、
どこにもない。
なのに。
確かに、
来ていた。
ほむらは、
無意識に拳を握りしめていた。
武器があれば、
理由を作れた。
戦闘という形に、
押し込めた。
だが、
今日は違う。
彼は、
何もしていない。
少なくとも、
そうとしか思えなかった。
「今、ここで――」
声をかけて、
言葉が止まる。
説明が、
追いつかない。
「何かあったんですか?」
彼は、
本当に分からない顔をしていた。
ほむらは視線を逸らし、
校庭を見回す。
夕暮れの光。
風。
砂の匂い。
「……いや。
勘違いかもな」
自分でも驚くほど、
軽い声だった。
それ以上、
何も言えなかった。
彼は空を見上げ、
何もなかったように歩き出す。
その背中を、
ほむらは追えなかった。
もし、
もう少し早く来ていたら。
もし、
武器を持っていたら。
もし、
いつもの“戦場”だったら。
――あれは、
ちゃんとした戦いになっていた。
敵が弱かったんじゃない。
ここが、
戦場にならなかっただけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます