第8.5話|守る者と測る者
廊下の人通りが、
少しだけ途切れた時間帯だった。
昼休みと次の授業の狭間。
騒がしさが引いて、
校舎が一度、息を整える。
そのタイミングで――
十六夜ほむらは、立ち止まった。
視線の先。
少し離れた場所に、
松本綾香がいた。
いや。
後輩ちゃんだ。
「……ねえ」
呼びかけられて、
綾香が振り向く。
表情は変わらない。
視線だけが、静かに向けられる。
「ジロウの近くに、よくいるよね」
確認でも、非難でもない。
けれど、柔らかくもなかった。
綾香は一拍、間を置く。
「……何か?」
声の調子は一定。
感情の揺れは、読み取れない。
ほむらは肩をすくめた。
「いや。
最近、やけに目につくからさ」
廊下の窓から、
光が差し込む。
その中で、
綾香はほんのわずかに首を傾けた。
「観測対象です」
短い言葉。
説明は、それだけだった。
「ふーん……」
ほむらは笑った。
けれど、その笑みは浅い。
「じゃあ聞くけどさ」
一歩、近づく。
距離は詰めない。
それでも、圧だけは確かにあった。
「その“観測”で、
あいつがどんな奴か、分かった?」
綾香は、
少し考える素振りを見せる。
「……未確定です」
「そっか」
ほむらは視線を外し、
窓の外を見る。
「でもさ」
声の調子が、
わずかに低くなる。
「ジロウはね、
測ってどうこうするタイプじゃない」
その言葉に、
綾香の瞳が一瞬だけ揺れた。
「危険な可能性があります」
即答だった。
「あるよ。
それは否定しない」
ほむらは、
はっきりと言う。
「でもね」
振り向く。
真正面から、後輩ちゃんを見る。
「危ないからって理由だけで、
遠ざけていい奴じゃない」
「……感情論です」
「うん。そうだよ」
あっさり認める。
「私は、そういう側」
沈黙が落ちた。
その静けさの中で、
ほむらは、ふっと息を吐く。
「守るのはさ、
理由がはっきりしてなくてもいいんだよ」
一瞬――
口元が、わずかに緩む。
「昔から、そうだった」
その言葉の裏にある時間を、
綾香は測れなかった。
「……私は」
静かに、口を開く。
「測らなければ、
判断できません」
「だろうね」
「間違えないためです」
ほむらは、
少しだけ視線を落とす。
「私はさ」
間を置いて、続ける。
「間違えてもいいから、
あいつの隣に立つ」
それだけ言って、
踵を返す。
すれ違いざま、
小さく付け加えた。
「後輩ちゃん」
綾香は反応しなかった。
ただ、背中を見送る。
「……測定値は、上がっています」
独り言のように、呟く。
端末は、
もう開かなかった。
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