第6話|配置が変わった朝

翌朝、教室に入ると、

松本綾香が廊下にいた。


「……今日から、近くで観測します」


言われてから気づく。

昨日より、視線が近い。


「……近くないか?」


「……許容範囲です」


そう言って、

綾香はほんの少しだけ距離を取った。


それでも、近い。


「……そうか」



教室を出ると、

いつも少し先か、

少し後ろに綾香がいる。


昼休みも、移動の時間も。


目立たない距離で、

そこにいる。


階段を下りる途中、

足音が一定の間隔で続いている。


「……一緒に来るのか」


「必要なので」


歩調は、変わらない。



昼休みの終わり。

人の流れが落ち着いた廊下で、

何気なく言った。


「学食、混んでたな」


少し遅れて、

足音が一つ止まる。


「……平均値でした」


「そうか」


それ以上、

会話は続かなかった。



放課後。

一人で校舎を出ると、

背後から声がした。


「ねえ、二郎君」


振り向く前から、分かる声。


「あの後輩ちゃん、近くない?」


「……そう見えるか」


小さく、

くすっと笑う気配。


「でもね」


声の調子が、

ほんの少しだけ変わる。


「あの子、ちゃんと見てるよ」


「何を?」


答えは返ってこない。


「だからさ。

 変だと思っても、

 無理に遠ざけなくていい」


「……分かってる」


少しだけ、間。


「うん。それでいい」


彼女は歩き出す。


「じゃあね。

 また明日」


人の流れに紛れていく背中を、

何となく見送る。


気づけば、

もう見えなくなっていた。


配置が変わっただけだ。


それだけのはずだった。

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