第11話 育てるという選択 Side ミレナ
「お疲れさん。んで、どうだった?」
貴族らしくないな。ジークと会うたびにミレナはそう感じる。
冒険者ギルドは国家が傭兵を管理するために設立された組織であり、ギルドマスターが貴族であることは知っている。
だからこそ、ジークのその砕けた口調がミレナにはいつまでたっても馴染まない。
「調査は無事終了しました。調査隊の面々も、軽い怪我をした程度です」
調査隊のリーダーを務めたガイルが答える。表情が乏しいのはいつものことだが、今日は格別に感情が読み取れない。だが、それも仕方ないと思えた。
「すばしっこい小型のゴーレムが100体以上いるんだろ。……厄介なこった」
50歳も目前になったジークは、白髪交じりの頭を無造作に掻きながら面倒くさそうに言う。床を見つめていたが、言葉を付け足すときにはガイルの顔をじっと見つめていた。
「1週間ほど前にお前たちがダンジョンの存在を確認して、そのときはゴーレム以外はいなかったらしいが、今回はどうだった?」
「変わりはありません。そのゴーレムも、こちらから襲うか、ダンジョンコアを掘り起こそうとしない限り襲いかかってきません」
「仮に戦闘になっても、武器を奪って花畑に隠れるだけ。攻撃はしてこない」
クレアが続けて説明する。前任のギルドマスター相手には敬語で話していたが、ジーク相手には普段通りに接している。
ミレナは自分も報告に加わるべきだと頭では分かっていたが、最高級の紅茶の前に理性が砕け飛んでいた。
驚くほど滑らかな液体が舌の上を滑り落ち、茶葉が持つ凛とした渋みを、濃厚な蜜の甘さが優しく包み込んでいる。
まさに飲む宝石と呼ぶにふさわしい一杯だった。自然と頬が緩み、口元がだらしなく吊り上がるのを止められない。そんなミレナを、クレアが据わった目でじとりと見据えている。
「……ミレナ」
「ご、ごめん。楽しみにしてて、つい」
慌ててカップをソーサーの上に置く。衝撃で小さく震え、紅茶が零れ落ちそうになる。割らずに済んでよかったと胸をなで下ろす。
「気に入ってくれているなら俺も嬉しいよ。それで、ダンジョンの広さ、魔物の種類、数、特徴なども変わりないか?」
「はい!……なかったです」
ジークの質問にミレナが我先に返事をする。率先して答えるであろうガイルの機先を制そうとして、いつもより大きな声が出た。みるみるうちに顔が赤くなり、黙り込んでしまう。
「調査隊全員で手分けをしてダンジョンの隅々まで探索しましたが、前に報告したゴーレム以外の魔物は見つかりませんでした」
「特別な個体もいなかった」
ミレナが恥ずかしくて口を閉ざしている間に、ガイルとクレアが淡々と報告を続けている。半ばやけになったミレナは、紅茶を水のようにがぶがぶと飲み干してしまった。
「そうか」
せわしなく羽ペンを動かしながら、ジークが気のない返事をする。乾いた音が連続して鼓膜を打つ。
カリカリ、コツコツと、木と骨がぶつかり合う硬質な響きだけが、部屋の空気を切り刻んでいた。
ミレナが蜂蜜の甘い余韻に浸り、空になったカップを名残惜しげに見つめていた、その時だ。
真っ白な飾り羽が、視界の端で動きを止めた。顔を上げると、ジークはペンを握ったまま鋭い視線でガイルを直視していた。
「他にもあるんだろ」
静まり返った場に沈殿するような低い声で、ジークが尋ねた。
「……はい」
「珍しいな。お前が報告するのをためらうなんて。やらかしたってわけじゃないんだろ?失敗したなら、お前らはすぐに報告するはずだ」
ミレナの胸が熱くなるのを感じる。隣を見てみると、少しだけガイルの表情が戻ったように感じる。息を吐く音が聞こえてから、ガイルが口を開く。
「あのダンジョンには、魔晶石でできた花が咲いています」
予想外の告白に、ジークは僅かに眉根を寄せる。羽ペンを机に置くと、そのままカップを鷲掴みにして口元へ運んだ。
「薔薇の形をした魔晶石が、100本近く生えていました。純度も市販のものより高いです」
「週に1度、100本採取できると仮定すれば、大抵の都市のエネルギーを賄える。大都市だと足りないと思うけど」
「今の時代、魔道具なしで生活するなんて考えられません。私やクレアのように魔力が高ければ別ですけど、そうじゃない人にとって、国内に魔晶石の生産地が増えたのは朗報じゃないでしょうか?安くなりますし!」
ミレナも慌てて報告に加わる。だが、今の発言は報告ではなく感想ではないだろうか。そんな思いがミレナを襲う。
「……こりゃあ忙しくなるな」
顔いっぱいに午前の日差しを浴びながら、ジークがぽつりと呟く。眩しさに目を細めて窓の外を見ている。
確か、侯爵家の屋敷がある方角だ。当の侯爵様は魔国との最前線地帯にいて、留守にしている。
「他に報告していないことはあるか?」
「これで全てです」
ガイルの答えに小さく頷いたジークは羽ペンを握り、再びメモを取り始める。
「お疲れさん。報酬は受付で受け取ってくれ」
「失礼します」
丁寧に頭を下げたガイルがソファから立ち上がると、それに呼応するようにクレアも続いた。二人の動きを目で追いながら、ミレナも慌てて腰を浮かせる。
「あ、待ってください」
扉を開いて部屋から出ようと瞬間、ミレナの脳裏をある疑問が掠めた。足を止めて振り返ると、後ろを歩くガイルがつま先立ちをしてブレーキをかけていた。……ごめんなさい。
「その……ダンジョンをどうするのか、聞いてもいいですか?」
「構わない。ていうか、なんで聞かないんだろうって思ってたらな」
ジークの言葉にクレアが首を縦に振っていた。質問はミレナの役目だと言わんばかりだ。もし、このまま私が帰っていたらどうしたのだろう。
「攻略は無しだろうな。魔晶石を継続的に供給できるよう管理するはずだ。なにせ、アストラル王国うちは魔晶石のほとんどを輸入に頼っているからな」
すっかり湯気が出なくなった紅茶を喉に流し込むと、ジークが再び話し出す。
「なんなら、ダンジョンを育てるという選択肢もある」
「育てる……ですか?」
予想だにしない答えに、ミレナは首を傾ける。
「ああ。果実とか、鉱石とか、まぁなんでもいいんだが、多量の魔力を含んだ自然物を放置しておくと、ダンジョンがそれを吸収して成長するんだ」
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