第10話 ダンジョンは成長する

 塔のごとくそびえる巨木が、天蓋のように広がりながら黄金の光を振り落としている。太陽は眠りについているのに、その場所だけは昼の余韻を残しているようだ。


 真夜中の静寂の中、光り輝く葉が音もなく枝を滑り落ちた。それはまるで、闇夜に溶けることのない一粒の涙のようだった。


 涙が汚れきった銀の巨躯へと吸い込まれる。美しい銀毛は煤とドス黒い体液で泥のように固まっている。


 漂うのは、焼け焦げた獣臭と鉄錆の匂い。胴体の上に、頭はない。断ち切られた頸部から、いまだ熱を持った鮮血がどぷりと溢れ出していた。


 私は指を鳴らし、巨狼の骸を地下へと移す。私の中で張り詰めていた殺気が霧散し、世界が平穏な呼吸を取り戻したように感じられた。




「……終わったね」

「そうだな。これで当分は創造するのに困らないんじゃないか?」


 巨狼の命が純粋な力へと変換され、ダンジョンコアに蓄積されていく。満たされていく感覚は、長い飢餓から解放された時の安堵にも似ていた。


「うん。罠を作るだけの魔力を集められれば十分だったけど、これなら、とっておきも作れるかもしれない」

「とっておき?」

「ギルドも、そしてアストラル王国も……とっておきを見れば、絶対に私のダンジョンを攻略しようと思わないはずだよ」


 ユーマが首を傾げながら、握りしめていた剣を鞘に納める。


「ふふ。まぁ、お楽しみということで」




 焼け爛れた臭いが鼻をつく。色とりどりの絨毯に虫食いができたのか、巨大な花畑の中に無彩色の世界が広がっている。


 私はもう一度指を鳴らして絨毯を縫い直した。私の指パッチンは、相変わらずスカッという音しか鳴らない。


「……あとは、この木かぁ」


『災禍の種』から芽吹いた、無駄にでかい巨木に視線を送る。漆黒の闇を嘲笑うかのようにそびえ立っている。邪魔でしかない。


「誰が生やしたんだろう」

「お前だろ」


 ユーマの容赦のないツッコミが飛んでくる。私は見苦しくも言い訳をする。


「そ、そうだけどさ!でも、おかげで暗闇の中で戦わずにすんだじゃん!」

「だとしても、ここまでデカい木を生やす必要はなかっただろ。どうやって片付けるんだよ?次に冒険者がくるまでに、なんとかする必要があるんだぞ」

「こんなに大きくなるとは思ってなかったもん」


 私の予想では、見張り塔ほどの木が生えるはずだったのだ。それならば、燃やして処分するのも、あるいは地下に移すのだって簡単だった。


「……毎回やらかすんだな」


 ユーマの呆れたような声が聞こえてくる。事実であるため何も言い返すことができない。悔しい。


「まだ早いとは思うけど、ダンジョン2階層を作ろうと思う。当分の間はこの木を収納するだけの押し入れになると思うけど」

「魔力は大丈夫なのか?」

「カツカツだよ。とっておきの資源を生み出す分がなんとか残るくらいかな?」


 魔物を創造するより空間を創造する方が楽だけれど、それでも必要な魔力は非常に多い。今日の稼ぎのほとんどを費やすことになってしまう。


「アグネスが木を生やさなければな」

「……ごめん。試作品を早く使ってみたくて」


 私は肩をすぼめて謝罪をする。本音を言えば、自分の作った魔道具を見せびらかしたかった。それで失敗するのだから元も子もない。


「それで、2階層を作るのと、そこに木を移すのはすぐに終わるのか?」

「すぐに終わるよ。10秒もかからない」


 瞳を閉じて空間を探る。今いる花畑――つまり1階層は、地中のダンジョンコアの真上、魔力が届く限界の高度に配置している。


 対する2階層も、コアを起点にその真下、接続が維持できるギリギリの深さへと配置するつもりだ。




「……うん。できた」




 風呂の栓を抜いたかのように、コアの内部を満たしていた力が渦を巻いて流出していく。


 水位が下がるにつれて、もったいないという気持ちが強くなってくる。いつか2階層を作る必要があったが、随分と早くなってしまった。


「可能な限り深い場所に作ったから、魔力探知で見つかることもないと思うよ」

「本当に一瞬なんだな。じゃあ後は、あの木を移すだけか」

「移動したよ」


 ユーマが目をパチパチさせている。ほんの少し前まで見つめていたものが、何の前振りもなく消えてしまったのだ。


 ちゃんと合図を出すべきだった。あまりの高速瞬きに、ユーマの目の前に微風が発生しているのではと考える。


「合図ぐらい出してくれよ



 黄金の光が姿を隠し、柔らかな銀色の月光がユーマを包み込む。ユーマは視線をふいと逸らしていた。私は苦笑しながら声をかける。


「まぁまぁ、これからは2階層を拠点として使えるんだからさ。今までみたいに、狭くて薄暗い地下室に待機する必要もなくなったんだよ?」

「そうだな。日の光が入らない空間は心に来るものがあった」




 ユーマの言葉に頷くと、ダンジョンの中心に向かって歩を進める。強烈な蜜の匂いは息を潜め、心地良い甘さを含んだ風が吹き抜けた。


 乾燥した地面が、私の体重を受け止めて低く鳴く。その音を追いかけるように、一拍遅れて二重奏が始まった。




「それじゃあ、とっておきを咲かせにいこうか」

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