第7話 花は頭を垂れて

 砂時計のように重なっていた土の団子が、真ん中で綺麗に切断されている。


 断面からは、雪花石膏のように柔らかな光を通す円が覗いていた。中心に埋め込まれていたゴーレムのコアだ。


 乳白色の濃淡が描くレース模様が、次第に薄くなっているように見えた。命が消えてしまったことを嫌でも感じてしまい、思わず涙がこみ上げてくる。




「……トタン君」




 何号だったのだろう。識別番号を付けていればよかった。あの愛くるしい顔は消え去り、乾燥した土の塊へと姿を変えている。


 頭頂部から生えていた花はかつての瑞々しさを失い、地面に向かって深く頭を垂れている。


 無数の花々が咲き誇る私のダンジョンで、その一本だけが、うなだれて沈黙を守っている。

 

「大丈夫か?」


 ユーマが私の顔を覗き込み、探るような声色で話しかけてきた。左右にはそれぞれトタン君の団体が控えていて、私の顔を見るために必死だ。


 身長がほとんど変わらないため、最前列にいるトタン君以外がせわしなくジャンプしている。


 シュールな光景に笑ってしまう。これだけ跳ねているのに、着地音が聞こえてこないのが不思議だ。


「うん。大丈夫。生み出した魔物が死ぬのだって……覚悟はしていたから」

「コアを修理することはできないのか?」

「できない。花瓶みたいに、くっつければ直るわけじゃないから」


 頭だった土塊を持ち上げる。埋葬場所へと移すためだ。私の細腕では1つしか持つことができなくて、体の方はユーマが運んでくれている。


 足を動かすたびに温もりが戻ってくる。さっきまでルディが左足にくっついていたのだ。




「蒼天の刃、だっけ?」


 私はつい先ほどダンジョンに入ってきた冒険者のことを思い出す。剣士、魔法使い、僧侶で構成された典型的なパーティーだった。


 ここにダンジョンを作ってから10日ほど経ち、ユーマ以外の冒険者がちらほらと訪れていたが、トタン君1体に苦戦する程度の強さだった。


 なのに、あの剣士は苦労することなくトタン君に勝利したのだ。


 あの魔法使いも、魔力探知なんて高度な技を使っていた。侵入者に備えて地下深くに避難部屋を作っていたのが功を奏した。


 ……初めて避難したときに窒息しかけたのはいい思い出だ。空気の存在が頭から抜け落ちていたのである。


「蒼天の刃。メンバー全員が10代でCランクに達しているエリートだよ」

「10人に1人もいないんだよね?Cランクになれる冒険者って」

「Dランクになれる冒険者でさえ2人に1人だ。Cランク冒険者なんてどの街でも先生と呼ばれて引く手数多だよ」


 ユーマが自嘲気味に口の端を歪めながら話す。上位10%に位置する少年少女と、下位50%に位置する少年とを比べているのだろう。


「ユーマが努力しているの、私は知っているよ?」


 私が励まそうと声をかけると、ぷいと目を逸らされた。「努力したって強くなるとは限らないだろ」と、そう言いながらも、口元が緩んでいる。


 どうやら、表情筋は鍛えていないらしい。つられて笑みがこぼれる。




「リーダーはガイル。あの剣士の男だ。魔力が少ないが、それを技術でカバーしている。常に冷静で判断能力が高く、後輩からも慕われている」

「寡黙そうだったけど慕われているの?」

「親切なんだよ。面倒な任務を率先して受けたり、出っぱなしの椅子をさりげなく直したりとか。冒険者って荒くれものが多いんだけど、あの人がきてからギルドは綺麗な状態が維持されるようになったらしい」


 真面目で気が利いているなんて、正直憧れてしまう。ふと、私はどうなのだろうと疑問が湧き、ここに来てからの生活を思い出してみる。


 3日目までは規則正しい生活を送っていたが、それ以降はずっと夜更かしをして昼過ぎまで眠っている。少し悲しくなってきた。




「……それで、他の2人は?」

「次はガイルの妹のクレア。魔法使いとして一流なのはもちろんだが、棒術の達人で近接戦もできる」

「スペック高すぎない?」

「だからエリートなんだよ。さすがに、近接戦ではガイルに勝てないみたいだけどな」


 そうでなければおかしいと思う。私なんて、近接戦闘はおろか魔法もへっぽこなのだ。魔力量では誰にも負けない自信があるが、上手く魔法を使えなかったら意味がない。


 私の魔力は海のようなものだ。貯水量は圧倒的だが、喉の渇きを癒やす役には立たない。浄水器を大人買いするべきだろうか。


「最後の1人は?まさか僧侶が戦闘をこなせるなんて言わないよね?」


 私の問いに、ユーマが力なく笑った。どうやら戦闘することが可能らしい。


 なぜ僧侶が戦えるのだろうか。意味が分からない。傷を負った仲間を癒したり、結界を貼るのが僧侶の仕事だったはずだ。


 もしかすると、文化的な違いに直面しているのかもしれない。魔族の僧侶をイメージしたのが間違いだったのだ。


「いや、人間の僧侶だって戦闘はしないぞ」

「じゃあなんで?」

「……とにかく力が強いんだ。杖の一振りでクレーターができる」


 本当に意味が分からない。不死鳥が終活をするくらい不思議だ。


「そのミレナって女の子、農家にはなれないね」

「ん?突然どうした?」

「鍬を振るたびに畑を壊してしまうでしょ?特注の鍬も必要になるし」


 ユーマが呆れた目を向けているが、気にせず歩き続ける。


 トタン君だった土塊を抱える両腕から、じわじわと熱が生まれてくる。私は鋭く息を吐くと、丸くなり始めていた背筋をきっちりと伸ばす。




 蒼天の刃の目的は、ダンジョンの調査だったのだろうか。なんにせよ、また来るかもしれない。全てのトタン君で防衛すれば、撃退することは可能だろう。


 でも、敵が彼らだけとは限らない。


 大至急戦力を強化する必要があるが、強力な魔物を生み出す余裕はない。数体のトタン君なら創造できるが、焼け石に水になる気がする。


「ギルドの意向が分かったらなぁ」


 私はユーマにちらちらと視線を送る。このダンジョンについて、噂くらいは知っているのではないだろうか。


「上層部が何を考えているのかは知らないが、冒険者たちの間では稼げるダンジョンができたって噂が広がっている」

「攻略してしまおうっていう雰囲気ではない?」

「ないと思う。少なくとも低ランクの冒険者たちの間ではな」

「……そっか。でもまぁ、最悪は想定しておかないとだよね」


 戦力を増強しておいて損はないだろう。問題はその方法だ。ユーマと初めて出会って戦いとなったとき、ダンジョンを巨大な花畑に変えてしまった。


 そのせいで、ダンジョンコアに内包されていた魔力をほとんど使い切ってしまったのだ。あれがなければドラゴンの1体や2体は召喚できたのに。


「ユーマ。この辺りに魔物が多くいる場所ってある?」

「あるけど……魔物をダンジョンの戦力に加えるつもりか?」


 ユーマの質問に首を振る。基本的に狂暴な魔物を飼いならす自信などない。話しかけたら、言葉ではなく暴力が返ってくるだろう。




「魔物を誘い込んで、ダンジョンの糧にしようかなって」

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