第19話

「ルドヴィカ様。今日は外出をお控えください」


 朝餉の席で、アーチーが言った。

 彼は望まれない訪問者、異国の青年を警戒している。先ほども、ビクターとティムズを呼んで何事かを話している姿が窓の外に見えていた。


「通路を通っても?」

「なりません」


 青年に会うどころか、この屋敷から出ることも禁じられてしまった。


「貴方は?貴方は行くつもりなのでしょう?」


 アーチーは、あの青年のことを調べに行くのだろう。その間、ビクターかティムズを護衛代わりにルドヴィカの傍に置くつもりなのではないかと思った。


 アーチーには、ここで起こった物事全て報告の責任がある。今日も早朝のうちに、書簡を預けただろう馬を出していた。


 屋敷には毎朝馬の行き来がある。それは、王都に向かう早馬なのだろうとルドヴィカは思っている。ルドヴィカの目に触れない書簡のやり取りが、日々行われているのだろう。


 雪に閉ざされたルドヴィカの幽閉生活は、まるで硝子の屋敷に住むように、あらゆることが報告されていることを、ルドヴィカは肌で感じていた。


「私を置いて、貴方は行くのね」


 まるで、戦地に赴く恋人を引き留めるような言葉である。それにはアーチーも、苦いものを噛んだような顔をした。


「すぐに戻って参ります」

「私を置いて?」

「……」


 ここに来てから食事の場は、穏やかな語らいがある平和なものだった。

 ルドヴィカに何も聞かせず何も教えず、全てを真綿で包むように覆ってしまう、哀しい優しさが漂っていた。


 本来のルドヴィカは、これほど我を通すことはない。だが行き成りここへ連れてこられてから、枯れ井戸から通路を探索したり、不審者を看護しようとしたり、無理を通すことが増えていた。

 それが捨て置かれることへの反動なのかと、ブレンダばかりでなくヘレーネも気遣うような顔をした。


「アーチー殿。時間を定めて長居をしない。そうお決めになって、ルドヴィカ様をお連れしては如何ですか」


 そう言ったのは、ウォルターだった。


「……だが、」

「貴方がルドヴィカ様から離れることのほうが、危険なことだと思いますぞ」


 ビクターやティムズは大きな体躯をしており、幽閉妃が滞在する屋敷らしく常に帯剣している。だが彼らの本業は、飽くまでも庭師であり門番である。


「何より、ルドヴィカ様は語学に堪能でいらっしゃる。あの男の言葉もおわかりになられるでしょう」

「それなら、ゲンズブールだって司祭だって同じだろう。私も貴方も」

「あの男、ゲンズブールにも私たちにも何も話しますまい」


 ウォルターの言葉に、アーチーは言葉を返せず黙り込んだ。


 確かに、虫の息のようなか細い声ではあったが、ルドヴィカは青年と会話をしている。


「ルドヴィカ様に探っていただくのです」

「探る?ルドヴィカ様にそんなことを……」

「貴方はルドヴィカ様を侮っておられるのですか?そんな非力なお方だと、本気でお思いなのですか?」


 アーチーはそこで、向かいの席に座るルドヴィカを見た。


「アーチー、貴方が私の身の安全を第一に考えているのはわかっているわ」

「ルドヴィカ様……」

「貴方の言うことを聞くから。危ないことはしないと誓うわ。ウォルターが言ったように、聞き取りをしたならすぐに戻ると約束します」


 ルドヴィカには、王都のことも、これからのことも、何もわからない。

 マクシミリアンが姫君をいつ迎え入れるのか、その時ルドヴィカはここにいたまま側妃となるのか。


 いつ誰がどうなるか全くわからず、自分の人生すらままならない。

 だからウォルターがわずかにもルドヴィカを認めてくれたことは、明るい希望のように心の内を照らしてくれた。


 熊の皮を纏って教会に現れた、異国の不審な青年の聞き取り調査係。そのことに、俄然勇気が湧いてきた。

 ここにいて雪に埋もれて、くさくさとしているより、よほど建設的な生き方だと思う。


 ルドヴィカが瞳に光を取り戻すと、アーチーはますます苦虫を噛み潰したような顔をした。

 彼には、ルドヴィカの現状を理解しているからこそ、駄目だと言い切れない弱さがある。


「決して私から離れないと誓ってください」

「勿論です。貴方の傍から離れません。固く結ばれているのだと、そのくらいの気概を持つことにいたします」


 浮き足立った心から、本気半分冗談半分で言ったことだったが、アーチーはニコリともしなかった。


「そういうことは、冗談でも他の男に仰ってはなりません」


 他、とはマクシミリアン以外ということだろう。そのマクシミリアンにほっぽり出されているのだから、全く説得力はないのだが。


「わかりました」


 だが、教会へ行くことを許されたルドヴィカは、気前の良い返事をしたのだった。




「驚いた、もう起きているの?」


 思わず呟いてしまったのは、目の前の光景に驚いてしまったからだ。


 あれからすぐに支度をして、ルドヴィカはウォルターとアーチーと一緒に、地下通路を通って教会を訪れた。

 そこで目にしたのは、半身を起こしてゲンズブールに白湯を飲まされている青年の姿だった。


 青年も大柄だったが、ゲンズブールには敵わない。大男が差し出す吸い飲みに、大人しく口をつける褐色の青年。


 思わずルドヴィカは、二人を見つめるウォルターをうかがい見た。ルドヴィカの脳内には、青年をお姫様抱っこしたウォルターに対して口外することの憚られる秘めたイメージが浮かんでいた。


 ちらちらウォルターを観察していたが、ルドヴィカのお務めは異国の青年の観察であると、本来の任務を思い出した。


 ルドヴィカが現れたことで、青年はこちらを見てはっとするような表情をした。


 ルドヴィカに椅子を譲るようにゲンズブールが席を立ち、アーチーとウォルターに左右を護られながら、ルドヴィカは青年が半身を起こしているベッドに近づいた。


『お加減は如何です?』

『だいぶ楽になった。ありがとう』


 褐色の肌には昨日は見えなかった艶があり、何より青年はルドヴィカに、控えめな笑みを浮かべた。


 琥珀色の瞳が細められて、それが彼を清廉にも妖艶にも見せて、不思議な光を放っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

幽閉妃ルドヴィカ 雨之宵闇 @haruyoi6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画