第11話

 翌日も、昨日に劣らず快晴だった。

 冬の冷たく乾いた空気が、青空の下で爽やかに感じられた。


 ルドヴィカは、一応幽閉の身であるが、ここでの暮らしに不自由はない。

 自分を含めても七人しかいない閉ざされた世界にいて、哀しんでよいのか、その生活には確実に順応している。


 言われてみればルドヴィカとは、元々そういう気質であった。やれと言われれば満点とはいかずとも、そこそこ頑張る。

 は?なんで貴様のいうことを聞かねばならぬのだ、なんて発想はしたことがない。


 侯爵令嬢に生まれて、生まれたその日からかしずかれて成長したが、考えてみれば侍女にもメイドにも、無闇やたらと我儘なんて言って困らせた試しがない。


 王家から王太子に嫁げと命じられて、なんの疑問も抱かず妃になった。その夫の命で幽閉されてからも、着々と日々の暮らしを構築し始めている。


 本人は、周囲に流されるまま命じられるまま生きてきた、どうしようもない非力な人間だと思い込んでいるのだが、彼女はいまだに気づいていない。


 どういうわけか彼女の周りにいるだけで、なんとなく、少しだけ、できる範囲で、時には全力で、彼女を助けたくなってしまう。


 ここに来たときの道中だって、彼女は知らないだろう。護衛に就いた近衛騎士らの誠心誠意、ルドヴィカを案じて護ろうとする心の持ちよう。


 馬車を操る御者なんて、小石を踏んで馬車を揺らすまい、お気の毒なお妃様がどうか心地好く乗っていられるようにと十日間全力で集中していた。


 ルドヴィカが昨日気づいてしまった枯れ井戸が、実は地中に掘った通路だと知られてしまった。それだって、疑問を持ったルドヴィカを強く止めていればよかったのに、みすみす彼女が近づくのを許してしまった。


 ウォルターなんて、強面こわもてを恐れず信頼を寄せてくれるルドヴィカにすっかり絆されている。

「お供いたします」なんて言っていた。


 無口なメイドも王家の回し者と思われるアーチーも、今どうしているかといえば。



「ルドヴィカ様、ここは足元が滑ります。どうぞお気をつけください」


 一足先にウォルターが、井戸の縁から通路に降りた。彼はそのままルドヴィカへ振り返り、彼女の足元が見やすいようにランプの灯りを掲げている。


「ゆっくりでよろしいですから、慌てずに足を降ろしてください」


 アーチーは、ルドヴィカが井戸の縁を乗り越えることがよほど心配らしく、今も背後から両手で彼女の肩を支えて、ゆっくりですよと声をかけている。


 その前に、ヘレーネが井戸に登る踏み台を用意して、その前に、玄関ポーチから地面の土が見えるのではと思うほどビクターとティムズが雪を掻いて歩きやすくしていた。


 ルドヴィカが螺旋階段の一段目に足を踏み降ろした時には、まるで初めてあんよができた幼児を励ますように「お気をつけてください」だとか「ゆっくり降りてください」だとか「流石はルドヴィカ様です」と、最後は誰かがわけのわからないことを口走った。


 こうして目出度くルドヴィカは、未踏の地下通路への第一歩へ到達した。


「下が真っ暗だわ」

「ご安心ください、私が先を照らしますゆえ」


 ウォルターの言葉が心強い。


「背後は私がお護りします」


 アーチーの心遣いが頼りになる。


 真っ暗なこの通路を、サンドラもこうやって従者に護られ降りたのだろうか。だとしたら、彼女はきっと他人が思うほど淋しい晩年ではなかったのではないか。


 現に今のルドヴィカは、むくむくと沸き起こる好奇心に知らず知らずのうちに口角が上がっている。とくとく胸を打ち鳴らす鼓動は、小躍りしているようである。


 ウォルターが温泉の湯脈に近いと言ったとおり、下からは暖かな風が吹き上げてルドヴィカの前髪を揺らした。湿った岩の匂いがして、だがそれは不快なものではなかった。


 石造りの螺旋階段は、サンドラの歩幅に合わせたのだろう。ルドヴィカが降りる時にも降りやすかった。体躯の大きなウォルターや足の長いアーチーのほうがよほど降りにくいことだろう。


 手掘りと思われるトンネルが真っ直ぐ地下に延びている。そこをぐるりと回転しながら降りて行くような感覚だった。


 地上から降り注ぐ日の光だけが自然の光源で、あとは前後を照らすランプだけが頼りである。不安を全く感じないわけではないし、暗がりは単純に怖くもある。


 こんな手をかけてまで教会への近道を得ようとした女伯爵の気持ちは、ルドヴィカにはわからないものだった。


 昨日はすっかり悲恋の物語に没頭して、サンドラについての下調べが疎かになってしまった。今日こそ図書室に彼女の手がかりがないか調べようと思っていたのだが、朝餉の席でウォルターとアーチーが段取りを話し合いだして、ヘレーネが下準備をビクターたちに知らせると言い出した。


 それで、なし崩し的にルドヴィカは地下通路探訪の旅に出たのである。目的地は、屋敷の裏手の山裾にある教会という、短い旅ではあるけれど。



 どれくらい降りたのだろうか。単調ながら足を滑らせないように緊張しながら降下していると、前を降りるウォルターがトンと足音を立てて止まった。


「よくぞ頑張りました、ルドヴィカ様。ここからは水平な道となりますので、滑落の心配はございません」


 そこは螺旋階段の終着地点で、その先には、奥へと続く通路があるようだった。

 ウォルターとアーチーが前後から掲げるランプの灯りで見えたのは、この先に延びる通路は大人の男性では頭をぶつけるだろう高さしかないということだった。


 ここは全てがサンドラ仕様なのだろう。


「ここから先へ進みますと、どこも曲がらず真っ直ぐ教会へ辿り着けます」


 通路は螺旋状に教会の土地の高さにあわせて掘り下げられて、そこから教会のどこかに通じているものだった。






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