第12話

 暗闇の通路を、ルドヴィカは壁伝いにゆっくり歩いた。真冬であるのに暖かな風が吹き抜ける通路は、それほど冷えを感じることはなかった。


「ここは、夏はよほど暑いのでしょうね」


 ルドヴィカは、前を歩くウォルターに尋ねてみた。厳冬でこれほど暖かいのだとしたら、夏の暑さは酷いものだろう。


「どうでしょうか。私は夏にここを通ったことはないものですから。ですが、風が吹き抜けますし、地中は日光を浴びませんから、気温は年中同じようなものではないでしょうか」


 ウォルターの言葉に納得しながら、ルドヴィカは夏もここを通る自分を思い浮かべていた。


 幽閉生活がいつまで続くのかわからない。だが考えようによっては、老齢のサンドラが一年中歩けたのなら、自分もいけるのではないかと楽観的な気持ちになれた。春も夏も秋だって、通える自信が湧いてきた。


 初めて歩く通路は時間の感覚を狂わせた。

 暗闇に灯るランプの灯りだけを頼りに歩くうち、あらゆる感覚が麻痺してしまうようだった。


 ただひたすら前に進むことだけが目標になって、心を捉えて悩ませていた物事を一つずつ捨てていけるように思えた。


 無心になって、ウォルターの背中を見つめて、一歩一歩壁を伝って歩くだけで、ルドヴィカは不思議な静寂に包まれて平穏な気持ちになった。


 王都のことも、生家のことも、南の大国の姫君のことも。マクシミリアンのことも、マクシミリアンを愛していたことも、全てが別の世界の出来事に思えてきて、ルドヴィカはそのことに、なぜだか少しだけ救われるような気がした。


 マクシミリアンのことは、一日だって忘れたことはなかった。忘れられないのだ。多分、どこにいても誰といても、彼のことだけは生涯忘れるなんてできないだろう。


 その気持ちがきっとサンドラを身近に感じさせるのだと、ルドヴィカはそんなことを考えた。



 灯りが揺れたと思ったときに、ウォルターが立ち止まった。ランプの灯りに照らされて扉らしきものが浮かんで見えた。その先は、いよいよ出口なのだと思うと、微かな緊張を覚えた。


「ルドヴィカ様。私が確認できましたのはここまでです。この先は、まだ足を踏み入れたことはございません。ですが、司祭とは顔馴染みですから、なんとかなりましょう」


 ウォルターも、この先が教会のどこなのか知らないという。だが、教会なのは確かであるから、どこに出たって大差はないと思われた。


「私が先に入ってもよいかしら」

「なりません。私がまずは先に入り安全確認いたします」


 ルドヴィカがそう言うと、途端に背後にいたアーチーが反対した。


「教会ほど安全なところはないのではなくて?むしろ、帯剣した騎士が乗り込んでは、司祭様は奇襲を受けたと驚いてしまうわ」


 暗がりの中で振り返り、アーチーにそう言えば、彼も納得してくれたのか何も返してはこなかった。


 ウォルターが扉の横にずれたことで、ルドヴィカが正面に立つことになった。扉はなんの変哲もない木製のもので、どこにでもある普通の扉のように見えた。


「行くわよ、って、アーチー、くっつきすぎよ」


 アーチーが背中にピタリと身体を寄せて、ルドヴィカに密着してきた。なにかあったら自分の背後に隠すつもりでいるのだろう。


 しばし二人で無言のまま、押したり押し返したりしていたのだが、埒が明かないのでルドヴィカは力任せに扉を押し開いた。意外なことに、扉には鍵は掛かっていなかった。


「あ、れ、えっ!」

「いかがしました、一体どこに出たんですか?」


 ルドヴィカはとうとう目的地に到達した。ここが教会の内部で間違いないとわかった。

 だがここは、


「霊廟だわ……」


 ルドヴィカたちが辿り着いたのは、棺が安置されている霊廟だった。


「サンドラ様……なんてストレートなのかしら。祈りを捧げるために直接霊廟を訪ねたというの?」

「確かにこれは……」


 流石のアーチーも言葉が続かない。


 サンドラは初めから霊廟目指して通路を造ったのだろうか。だが状況を見れば、そうとしか考えられない。棺の配置を念頭に、教会の壁をくり抜くなんてそんなこと、教会の許しを得てのことだろう。


「おや?お可愛らしいお客様ですな」


 ルドヴィカは、驚くあまりはっきりわかるほどぴょんと跳ねた。その拍子に、ルドヴィカの背後にいたアーチーの顎を頭突きしてしまい、アーチーが「うっ」と呻いた。


 霊廟の陰から現れたのは、老齢の司祭だった。司祭だとわかったのは、彼が漆黒のキャソックを着ていたからである。


 そうでなければルドヴィカは、老人を棺の中から飛び出た霊魂だと思っただろう。ご老人はとても痩せていたから。


「は、初めてまして、司祭様」


 ルドヴィカは、名を名乗るべきか一瞬躊躇した。腐っても王太子妃と呼ばれた身である。今は、かつての女伯爵の屋敷に幽閉真っ只中の身であるが。


「わたくしは、ルドヴィカと申します(一応、王太子妃をしておりました)」


 後半は、胸の中で呟くに留めた。

 おじいちゃん、ではなく、老司祭は、ルドヴィカが王太子妃であろうが誰であろうが、あまり関係ないようだった。

 ただ、にこやかにルドヴィカを見て、一歩、また一歩と近づいてくる。


「あの、司祭様とお呼びしても?」

「勿論です。ルドヴィカ様」


 老司祭は、ルドヴィカの名前は憶えてくれたようだった。


「行き成りこんなところへ来てしまって申し訳ございません。なんとご説明いたしましょうか、わたくしは……」

「サンドラ様の御屋敷から降りてこられたのですね?」


 老司祭は話の早い老人だった。

 先触れも断りもなく霊廟に突入してきた三人を、にこやかな笑みを浮かべて順に見た。


「おや、ウォルター様。お久しぶりではございませんか。ん?何やら変わったものをお召しになられて」

「司祭殿、久しいですな」


 ウォルターは、おじいちゃん、老司祭が長話になる予感がしたのか、彼の話を途中でぶった切った。





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