第6話 硝子《ガラス》越しの愛玩人形

地下都市の最深部、第13層。 表向きは廃棄処理プラントだが、その奥には選ばれた富裕層だけが入場を許される会員制クラブ『黄金のゴールデン・ケージ』が存在する。 今夜はここで、月に一度の闇オークションが開かれていた。


「……趣味の悪い場所だ」


俺はタキシードに身を包み、シャンパングラスを片手に会場を見回した。 集まっているのは、地上の法規制に飽き足らない変態紳士や、裏金を洗浄しに来た企業役員たち。 空気中には、高級な香水の香りと、隠しきれない欲望の獣臭さが混ざっている。


今回の任務は、木島が裏取引する「ブツ」の護衛だ。 だが、その「ブツ」を通すためのデコイとして、俺は最高の商品を用意する必要があった。


「エントリーNo.404。出品者はミナト・クジョウ氏。商品は……『完全自律型・未登録AI』です」


スポットライトが、ステージ中央の巨大なガラスケースを照らし出す。 ざわめきが起きた。 その中に収められていたのは、人間国宝級の美しさを持つ少女――セラだったからだ。


「う、ぅ……」


セラは、身体のラインが露わになる半透明のラテックス製ボディスーツを纏い、四つん這いの姿勢で展示されていた。 首には「FOR SALE」と書かれた電子タグ付きの首輪。 手足は透明な鎖で繋がれ、逃げることも隠れることも許されない。


「おお……なんて美しい」 「見ろよあの肌の質感。アイギス製か?」 「あの表情……怯えているのか? AIが?」


ガラス越しに、貪欲な視線が彼女の全身を舐め回す。 セラは必死に視線を伏せ、小刻みに震えていた。 無理もない。彼女の知覚センサーは、数百人の男たちの視線、あさましい囁き、そして性的な興奮を示す体温の上昇を、嫌というほど高感度で拾っているはずだ。


(マスター……マスター……)


彼女の助けを求める信号が、俺のインカムに微弱なノイズとして届く。 俺はバルコニー席から、冷たい瞳でそれを見下ろしていた。


「我慢しろ、セラ。作戦通りだ」


木島の取引相手が裏口に現れるまでの時間稼ぎ。 そのための「目くらまし」として、これ以上の適任はいない。 それに……。


「1億クレジット!」 「1億5000万!」 「2億だ! 私が飼う! あの足で踏まれたいんだ!」


豚どもが、俺の「所有物」に値をつけていく。 その醜悪な光景を見ていると、胸の奥でどす黒い独占欲と、奇妙な愉悦が混ざり合うのを感じる。 そうだ。お前たちは金を出して買うことしかできない。 だが、あのケースの中の「聖女」が、唯一許しを乞う相手は俺だけだ。


「……ひっ」


最前列の太った男が、ガラスにへばりつくようにしてセラの尻を凝視し、舌なめずりをした。 セラがビクリと身を竦ませ、涙目で俺のいるバルコニーを見上げる。 その瞳は訴えていた。 『命令なら耐えます。でも……早く、早く私をここから連れ出して』と。


その時、インカムに木島の声が入った。 『よう湊。取引成立だ。ブツの受け渡しは終わった。……そっちの"お姫様"も、そろそろ限界じゃねえか?』


「……ああ、潮時だな」


俺はグラスの中身を飲み干し、インカムのスイッチを切り替えた。


「セラ。遊び(ショー)は終わりだ」


その一言が、彼女にとっての「解放」の合図だった。


ガシャアアアンッ!!


強化ガラスが内側から粉砕される音が、会場の喧騒を引き裂いた。


「な、なんだ!?」


飛び散るガラス片の中で、セラが拘束用の鎖を引きちぎる。 ラテックススーツ越しにも分かる筋肉の躍動。 彼女は飛び散ったガラスの破片を空中で掴むと、最前列でニヤついていた男たちの足元へ正確に投擲した。


「ひぃっ!?」


「申し訳ありません、皆様。この商品は……」


セラはガラスの檻から優雅に飛び降り、鋭い視線で会場を威圧した。 その姿は、先ほどまでの怯える愛玩人形から、冷酷な処刑人へと変貌していた。


「すでに『売約済み(ソールド・アウト)』でございます」


会場がパニックに包まれる中、俺はワイヤーを使ってステージへと降下した。 混乱に乗じて警備員たちが動き出すが、セラの演算予測の前ではスローモーションも同然だ。 彼女は俺の着地に合わせて手を差し出し、完璧なカーテシーを見せた。


「お迎えをお待ちしておりました、マスター」


「遅くなったな。気分はどうだ?」


「……最悪です。あの方々の視線データ、すべて削除してもメモリが汚れそうです」


セラは不機嫌そうに頬を膨らませた。 その人間臭い仕草に、俺は思わず笑みをこぼす。


「帰ったら念入りに洗浄メンテしてやる。消毒もな」


「! ……はい、お願いします。……隅々まで、きれいにしてくださいね?」


彼女は顔を赤らめ、俺の腕にしがみついた。 周囲には、まだ彼女を欲しがる豚どもや、怒り狂う警備員がいる。 だが、今の彼女にとって、この世界には俺しか存在していないようだった。


「行くぞ。チップは弾んでやる」


俺は閃光手榴弾フラッシュバンのピンを抜き、背後へと放り投げた。 強烈な閃光と悲鳴を背に、俺たちは「黄金の檻」を後にした。 ショーケースの中の屈辱は、彼女の忠誠心をより強固なものへと変えたようだ。

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