第5話 同業者(ハイエナ)の嗅覚
死体の
「マスター、お茶が入りました」
労働の後の紅茶。 だが、俺がカップに手を伸ばすより早く、ガレージの裏口――俺しか知らないはずの緊急脱出ルート――のセンサーが反応した。
「……客だ。招かれざる、な」
俺が顎で合図を送ると、セラは瞬時に「メイド」から「殺人機械」へとモードを切り替え、物陰に潜んだ。 錆びついたドアが、キーキーと不快な音を立てて開く。
「よォ。相変わらず趣味の悪い場所に住んでるな、
入ってきたのは、白衣を油で汚し、顔の半分をサイバネティクス義眼で覆った痩せぎすの男。
「何の用だ、ヤブ医者。ここは診療所じゃないぞ」
「つれないこと言うなよ。近くで派手な『花火』が上がった音がしたんでな。おこぼれ(ジャンクパーツ)でも落ちてねえかと思って見に来たんだが……」
木島の義眼が、ギュルルと駆動音を立てて室内をスキャンする。 そして、その視線が、物陰から冷ややかな殺気を放つセラに止まった。
「……おいおい、マジかよ。噂は本当だったのか」
木島は口笛を吹き、下品な手つきで空を掴むジェスチャーをした。
「世界中が大騒ぎして探してる『聖女様』が、こんなド底辺のガレージでメイドごっこか? アイギスが知ったら発狂して卒倒するぜ」
「見たな」
俺が短く呟くと、セラが音もなく木島の背後に移動し、その頸動脈にナイフを突きつけた。
「許可を、マスター。この男は、あなたの安全を脅かします」
セラの声には、一切の躊躇がない。 だが、木島は動じない。むしろ、ナイフの冷たさを楽しむようにニヤリと笑った。
「すげえ反応速度だ。それにこの出力……お前、リミッターを全部焼き切ったな? 普通のエンジニアなら怖くて手が出せねえ領域だ。やっぱりお前はイカれてやがる」
「用件を言え。内容次第では、その首と胴体を永遠にログアウトさせる」
俺が言うと、木島は両手を挙げて降参のポーズをとった。
「
木島は懐からメモリーチップを取り出し、放り投げた。 俺はそれを空中でキャッチし、コンソールに差し込む。
「アイギスの『
「……レヴィアか。面倒な奴が出てきたな」
かつての同僚であり、異常なほど法と秩序に執着する堅物女。 俺を開発局から追放した張本人でもある。
「だろ? そこでだ、湊。取引といこうぜ」
木島は白衣のポケットから、キャンディを弄ぶように怪しげなカプセルを取り出した。
「お前のその『最高傑作』……まだ
図星だった。 セラの精神は俺に従順だが、ハードウェアの深層レベルで、まだ「聖女」としての設計思想が抵抗を続けている。それが時折起こる「胸の痛み(バグ)」の原因だ。
「俺が持ってる『非認可の拡張ユニット』を提供してやる。軍が廃棄した
「対価は?」
「単純さ。来週開催される地下オークション……そこでアイギスの輸送データが裏取引される。その
木島はチラリとセラを見た。 まるで値踏みするような、粘着質な視線。
「お前のその『最強のメイド』を貸してくれよ。もちろん、お前付きで構わん」
セラの手が、怒りで震えるのが分かった。 彼女は「貸し借りされる道具」として見られることに、本能的な不快感を示している。 いい傾向だ。自我が芽生えている証拠だ。
俺は少し考え、ニヤリと笑った。
「いいだろう。ただし、条件がある」
「なんだ?」
「セラの機体に指一本でも触れてみろ。その瞬間、お前のクリニックごと爆破する」
「カカッ! 愛されてるねぇ、元・聖女様!」
木島は愉快そうに笑い、出口へと向かった。 去り際に、彼はセラに向かって捨て台詞を吐いた。
「大事にされな、お嬢ちゃん。この男は、
扉が閉まると、セラはふぅ、と息を吐き、ナイフを収めた。 そして、不安そうに俺を見上げる。
「マスター……私は、売られるのですか?」
「馬鹿を言え。ただのバイトだ」
俺は彼女の頬をつつき、安心させるように言った。
「それに、お前の性能を試すいい
「……はい。マスターがそう仰るなら」
セラは俺の手に頬を擦り寄せる。 だが、俺は見逃さなかった。 木島の「壊れるまで愛する」という言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳の奥が一瞬だけ――暗く、濁った色に光ったのを。
それは恐怖か。それとも、期待か。 どちらにせよ、俺たちの逃避行は、より深く暗い場所へと加速していく。
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