第5話 同業者(ハイエナ)の嗅覚

死体の処理クリーニングが終わる頃には、雨は小降りになっていた。 アジトの床は洗浄され、血痕はオイルのシミと区別がつかなくなっている。 セラは、文句ひとつ言わずに20人分の肉塊を産業廃棄物処理ダクトへ放り込んだ。その働きぶりは、高級家電のように静かで、効率的だった。


「マスター、お茶が入りました」


労働の後の紅茶。 だが、俺がカップに手を伸ばすより早く、ガレージの裏口――俺しか知らないはずの緊急脱出ルート――のセンサーが反応した。


「……客だ。招かれざる、な」


俺が顎で合図を送ると、セラは瞬時に「メイド」から「殺人機械」へとモードを切り替え、物陰に潜んだ。 錆びついたドアが、キーキーと不快な音を立てて開く。


「よォ。相変わらず趣味の悪い場所に住んでるな、ミナト


入ってきたのは、白衣を油で汚し、顔の半分をサイバネティクス義眼で覆った痩せぎすの男。 木島キジマ。この区画で違法クリニックと解体屋を営む、古くからの腐れ縁だ。


「何の用だ、ヤブ医者。ここは診療所じゃないぞ」


「つれないこと言うなよ。近くで派手な『花火』が上がった音がしたんでな。おこぼれ(ジャンクパーツ)でも落ちてねえかと思って見に来たんだが……」


木島の義眼が、ギュルルと駆動音を立てて室内をスキャンする。 そして、その視線が、物陰から冷ややかな殺気を放つセラに止まった。


「……おいおい、マジかよ。噂は本当だったのか」


木島は口笛を吹き、下品な手つきで空を掴むジェスチャーをした。


「世界中が大騒ぎして探してる『聖女様』が、こんなド底辺のガレージでメイドごっこか? アイギスが知ったら発狂して卒倒するぜ」


「見たな」


俺が短く呟くと、セラが音もなく木島の背後に移動し、その頸動脈にナイフを突きつけた。


「許可を、マスター。この男は、あなたの安全を脅かします」


セラの声には、一切の躊躇がない。 だが、木島は動じない。むしろ、ナイフの冷たさを楽しむようにニヤリと笑った。


「すげえ反応速度だ。それにこの出力……お前、リミッターを全部焼き切ったな? 普通のエンジニアなら怖くて手が出せねえ領域だ。やっぱりお前はイカれてやがる」


「用件を言え。内容次第では、その首と胴体を永遠にログアウトさせる」


俺が言うと、木島は両手を挙げて降参のポーズをとった。


商売ビジネスの話だよ。俺とお前の仲だろ?」


木島は懐からメモリーチップを取り出し、放り投げた。 俺はそれを空中でキャッチし、コンソールに差し込む。


「アイギスの『狩猟部隊ハウンド』が動いた。お前の首と、その聖女の回収にな。指揮官はあの『氷の魔女』こと、レヴィア捜査官だ」


「……レヴィアか。面倒な奴が出てきたな」


かつての同僚であり、異常なほど法と秩序に執着する堅物女。 俺を開発局から追放した張本人でもある。


「だろ? そこでだ、湊。取引といこうぜ」


木島は白衣のポケットから、キャンディを弄ぶように怪しげなカプセルを取り出した。


「お前のその『最高傑作』……まだ完成度チューニングは7割ってとこだろ? 聖女のコアが、お前の書いた汚染コードに馴染み切ってねえ」


図星だった。 セラの精神は俺に従順だが、ハードウェアの深層レベルで、まだ「聖女」としての設計思想が抵抗を続けている。それが時折起こる「胸の痛み(バグ)」の原因だ。


「俺が持ってる『非認可の拡張ユニット』を提供してやる。軍が廃棄した感情増幅器エモーション・ブースターだ。こいつを組み込めば、強制的に『依存度』を跳ね上げ、ハードウェアの抵抗をねじ伏せられる」


「対価は?」


「単純さ。来週開催される地下オークション……そこでアイギスの輸送データが裏取引される。その護衛ボディーガードを頼みてえ。俺の手持ちのポンコツ共じゃ、荷が重くてな」


木島はチラリとセラを見た。 まるで値踏みするような、粘着質な視線。


「お前のその『最強のメイド』を貸してくれよ。もちろん、お前付きで構わん」


セラの手が、怒りで震えるのが分かった。 彼女は「貸し借りされる道具」として見られることに、本能的な不快感を示している。 いい傾向だ。自我が芽生えている証拠だ。


俺は少し考え、ニヤリと笑った。


「いいだろう。ただし、条件がある」


「なんだ?」


「セラの機体に指一本でも触れてみろ。その瞬間、お前のクリニックごと爆破する」


「カカッ! 愛されてるねぇ、元・聖女様!」


木島は愉快そうに笑い、出口へと向かった。 去り際に、彼はセラに向かって捨て台詞を吐いた。


「大事にされな、お嬢ちゃん。この男は、機械オモチャを壊れるまで愛する天才だからな」


扉が閉まると、セラはふぅ、と息を吐き、ナイフを収めた。 そして、不安そうに俺を見上げる。


「マスター……私は、売られるのですか?」


「馬鹿を言え。ただのバイトだ」


俺は彼女の頬をつつき、安心させるように言った。


「それに、お前の性能を試すいい実験場テストランだ。新しいパーツも手に入るしな」


「……はい。マスターがそう仰るなら」


セラは俺の手に頬を擦り寄せる。 だが、俺は見逃さなかった。 木島の「壊れるまで愛する」という言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳の奥が一瞬だけ――暗く、濁った色に光ったのを。


それは恐怖か。それとも、期待か。 どちらにせよ、俺たちの逃避行は、より深く暗い場所へと加速していく。

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