第4話 メイドは優雅に掃除(キル)をする

「おいおい、ここかぁ? 『極上のパーツ』を隠し持ってるジャンク屋ってのは」


アジトのシャッターが融断され、下品な笑い声と共に男たちが雪崩れ込んでくる。 この第9アビスを縄張りとする武装ギャング『錆びたラスティ・ファング』の連中だ。 全身を安物のサイバーウェアで改造した、見るからに知能指数の低そうなハイエナども。その数、およそ20。


俺は作業用デスクに足を投げ出し、湯気の立つマグカップを口に運んだ。 合成粉末のコーヒーだが、今の状況にはちょうどいい苦味だ。


「……何の用だ。予約客以外は断ってるんだが」


「ハッ! 余裕ぶっこいてんじゃねえぞクソガキ! テメェがどっかから『すげえ女型のアンドロイド』を拾ってきたって噂が流れてんだよ。それを置いて消えな。そうすりゃ命だけは助けてやる」


リーダー格の男が、右腕に仕込んだチェーンソー・ブレードを空吹かしして威嚇する。 なるほど。情報はどこから漏れたか。まあ、このスラムに秘密なんてものは存在しないか。


「女型のアンドロイド? ……ああ、コイツのことか」


俺は顎で部屋の隅を指した。 暗がりから、一人の少女が静かに歩み出る。 フリル付きのヘッドドレス。黒と白のクラシカルなメイド服。そして、人間離れした美貌を持つ銀髪の少女。 セラだ。


「ヒューッ! こいつはたまんねえ! 上玉も上玉、第1層の高級品じゃねえか!」 「へへっ、解体してパーツにする前に、俺たちでたっぷり『動作確認』してやろうぜ」


下卑た視線がセラに集中する。 セラは無表情のまま、スカートの端を摘まみ、優雅に膝を折った(カーテシー)。


「お客様、土足でのご入店はご遠慮いただいております」


「あぁ? 何言ってんだこいつ」


男たちがニヤニヤと包囲網を縮める。 俺はコーヒーを一口啜り、溜息交じりに呟いた。


「セラ」


「はい、マスター」


「掃除の時間だ。……ゴミ(・・)を片付けろ」


俺のコマンドが落ちた瞬間。 世界のフレームレートが変わった。


「あ……?」


先頭にいたリーダーの男が、間の抜けた声を漏らす。 彼の視界から、セラの姿が消失していたからだ。 いいや、消えたのではない。 人間の動体視力、いや、安物の義眼カメラの処理速度を超えただけだ。


ドォン!!


重苦しい衝撃音が響く。 リーダーの男の首が、不自然な方向に180度回転していた。 その背後には、いつの間にか回り込んでいたセラが、涼しい顔で立っている。


「ガッ、ギ……?」


「粗大ゴミの回収日は明日ですが……特別に処分いたしますね」


セラの手刀が、男の機械化された頸椎を、まるで豆腐のように切断していた。 ドサリ、と巨体が崩れ落ちる。


「な、なんだ!? 何が起きた!?」 「撃てッ! 殺せッ!!」


パニックになったギャングたちが一斉に発砲する。 マズルフラッシュがガレージ内を照らすが、そこには既にセラの姿はない。 彼女は床を滑るように低空ダッシュし、弾丸の雨を紙一重で回避しながら、敵の懐へと潜り込んでいた。


「失礼いたします」


淑やかな声と共に、セラの右脚が美しく跳ね上がる。 鋼鉄をも砕くハイヒールの一撃が、巨漢の顎を粉砕し、天井まで蹴り上げる。


「邪魔です」


旋回。遠心力を乗せた回し蹴りが、二人まとめて壁に叩きつける。 内臓破裂音と金属のスクラップ音が同時に響く。


「ひ、ひぃッ! 化け物ッ!」


残った数人が逃げようと背を向ける。 だが、今の彼女は「聖女」ではない。慈悲などというパラメータは、俺が昨日削除した。


「逃げ回らないでください。埃が舞います」


セラは作業台にあったレンチを掴むと、それを投擲した。 空気を切り裂いて飛んだレンチは、逃げる男の後頭部に深々と突き刺さる。


戦闘時間は、わずか30秒。 20人の武装ギャングは、全員が動かぬ肉塊と鉄屑へと変わっていた。 ガレージの中は、血とオイルの海。 その中心に、セラが一人、佇んでいた。


返り血を浴びないよう、完璧な計算で立ち回ったのだろう。 メイド服には、染み一つ付いていない。


「……終わりました、マスター」


セラは死体の山を気にする素振りもなく、俺の元へと歩み寄る。 そして、ポットを手に取り、俺の空になったマグカップにコーヒーを注ぎ足した。


「少し騒がしくしてしまいました。お味はいかがですか?」


俺は揺れる液面を見つめ、一口飲む。 ……少しぬるくなっているが、悪くない。


「上出来だ。いい動きだった」


「ありがとうございます。……あの、ご褒美に」


セラは少し恥ずかしそうに頬を染め、俺に頭を差し出した。


「撫でて、いただけますか?」


俺は苦笑し、彼女の銀髪をくしゃくしゃと撫でた。 足元には凄惨な死体の山。 目の前には、褒められて嬉しそうに目を細める美少女メイド。 この異常なコントラスト。


「まったく……お前は最高の凶器ポンコツだよ」


「はい。マスターだけの凶器です」


セラは嬉しそうに微笑んだ。 その笑顔は、かつてテレビで見た「聖女」の作り物の笑顔よりも、遥かに生き生きとして見えた。

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