第4話

「同棲ルールその1。私たちは仮同棲とします」


 一ノ瀬さんが指を1本立てて宣言する。


「仮?」


「そう。それとこの関係は期限付き。期間は、とりあえず1ヶ月ってところかしら」


「……1ヶ月」


 長いような……短いような微妙な期間だな。


「その間に私が、和真くんにOKを出すかどうかを決めるわね」


「OKって……なにを――」


「ルールその2」


 俺の言葉を遮って、彼女はさらに指を立てる。


「同棲中の関係は、友達以上恋人未満とします。キス禁止、私に手を出すのも当然ダメ」


 まあそうだろうな。だって俺たちは恋人じゃないから。


 うん。まあ……これには納得できるぞ。

 

「だけど、私から手を出すのはOKとします」


「えぇっ!?」


 うぉい! 圧倒的な理不尽ぞ? 俺の人権はどこいった?

 

「ルールその3。和真くんの門限は18時です。あんまり遅くなると私が寂し……じゃなくて同棲の意味がなくなるでしょ? 例外は私が同伴した場合に限ります。それ以外は認めません」


「いや、俺っ、バイトが……!」


「それについては大丈夫。バイトを辞める手続きはすでに終わっているわ。心配しなくていいのよ? 私が養ってあげるって言ったでしょ」

 

 こんな……なにからなにまで手回しが早すぎるって。


 さっきから……ぜんぜん理解が追いつかない。


「和真くんは、これからの1ヶ月を使って全力で私を惚れさせてください。それから私の返事をします」


「ちょ、待って。返事って……」


「え? 告白の返事だよ。あの時の続き……ちゃんと、最後までやらないとね」


「いやいやいや! 俺、あの時フラれたと思って――」


「だから! それは誤解なの」


 お笑い芸人かっ? てくらい被せ気味に言われた。


「和真くん。私がちゃんと話す前に、逃げたでしょ?」


「いや、あれは…………」


 言えない。先に逃げたのは一ノ瀬さんじゃないのか? なんて言えない。


「私にOKしてほしかったら、態度で魅せてね」


「は、はい…………」


 俺は圧倒的に不利な立場だ。

 

 疑問はいっぱいあるけど、ここは頷くしかない。


「じゃ、最後のルールね。和真くん、ついてきて」


「お、おう……」


 彼女は立ち上がると、隣の部屋まで歩いていきドアを開けた。


「……え?」

 

 部屋を覗くと大きなベッドがドンっとひとつ置いてある。どうやら寝室……みたいだ。


 あのベッドは、キングサイズっていうのだろうか?


 初めて見たけど、すっげーデカいな。普通に横向きでも寝れそうなほどの幅があるぞ。


「私と和真くんはこのベッドで一緒に寝ること」


「な、なんでぇぇーーーー!?」


「同棲するんだから、同じベッドで寝るのは普通でしょ?」


「いやいやいやいや!!」


 こんなの全然普通じゃねえ!


 一ノ瀬さん…………めっちゃヤバい人じゃん!


「もう~和真くんってばっ。別に……何かするとは言ってないでしょ?」


「まあ、そうだけど……」

 

 それはそうだけど、そうじゃないっていうか。


 いいのか? 俺が、こんなかわいい女性と一緒のベッドで寝るなんて。


「それに……他に寝るところなんてないしね」


 いや、めちゃめちゃ場所あるじゃん!?


 この家、ビックリするくらい広いよ? 玄関でも余裕で寝れそうだけど?


「別に、俺はソファでもいいけど――」

 

「じゃあ、今日からよろしくね。和真くん!」


「聞いてないっ!?」


 こうして俺の意味不明で、逃げ場のない同棲生活がスタートした。


 ◆

 

 それにしても高級マンションってのは静かなんだな。


 前住んでたボロアパートとは全然違う。車の音も風の音も、隣人の生活音だって聞こえない。


 聞こえるのは――やたらドキドキしてる俺の心臓の音だけ!


 ――だって、緊張するでしょ!?

 

 隣で超絶かわいい一ノ瀬さんが寝てるんだぞ? 今だって彼女のことが好きで、諦めきれなくて……だけどすごいヤバい人で……わけわかんないって。


 大きなベッドだから横幅は余裕があるはずなのに、俺と一ノ瀬さんの距離がやけに近い。


 さっきから、めちゃめちゃ距離詰めてくるんだけどぉ!


「おやすみ……和真くん」


「お、おやすみ……一ノ瀬さん」


 すぐ横に一ノ瀬さんがいる。


 女性特有の甘い香りが脳天を刺激する。彼女の吐息まで聞こえてきそうな距離感。


 イカン、これはイカンって。

 

 そっと一ノ瀬さんに背中を向け、ベッドの端に移動する。落ちないギリギリのところまでいくぞ……


「ちょっと……和真くん。一緒に寝るって意味、わかってる?」


「これは、間違いがないようにしてるだけで……」


「もっとこっちに来なさい」


「でも……」


「ふーん。そっかぁ、同棲ルール破るんだ……和真くん。へぇ~」


 ヤバい! 一ノ瀬さんが怖い!


 ここは大人しく従うしか……

 

「少々お待ちください。今そちらに向かいます」


「よろしい……」


 くぅ~近い。近すぎるって……


 薄明かりで彼女の鎖骨がうっすら見えるし、体温すら伝わってくるほどに近いよ。マジで生殺しだってば。


 これ……俺、寝れるの? 無理じゃね?


 そう意識した瞬間、余計に目が冴えてしまう。


 天井を見つめる。目を閉じる。開ける。さっきからこれのローテーションだ。


 一ノ瀬さんから、微かな寝息が聞こえた気がする。


 もしかして……寝たのか?


 確認……するか?

 

「……和真くん」


「うっ、な、なに?」


 お、起きてたんだ……あっぶねぇ。


「もしかして、緊張してる?」


「そりゃあ……してない、って言ったら嘘になるって」


 俺が正直に答えると、隣から小さな吐息が聞こえてくる。


「そっか。私も」


 俺だけじゃないんだ、一ノ瀬さんだって本当は緊張してたんだ。


 寝返りを打つような衣擦れの音がして、シーツが揺れる。

 

 もしかして……こっちに向いてる?

 

「ねぇ……」


 耳元で囁き声とか、大変危険です!


 それに偶然だと思うけど、その……少し当たってます。


「今日は……何もしないから……」


「……お、おう」


 本当、だよな……


「だから、安心していいからね」


「…………」


 彼女が決めた同棲ルールでは、俺から彼女をどうこうしようってのは出来ない。

 

 でも、彼女は何でもアリだ。俺の運命は彼女のさじ加減ひとつで、どうとでもなる。

 

「和真くん」


「……どうした?」


「私……待つのは嫌いじゃないから」


 そう言って、今度こそ彼女は動かなくなった。

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