第3話

 振り返ると、この古いアパートには場違いなほどの高級車。


 車体が長くてピカピカの黒塗りのやつ。ヤバい雰囲気しかしない。


 後部座席のドアが開くと、そこから現れたのは――1人の女子だった。


「嘘だろ……」


 女子は見覚えがあるどころの騒ぎじゃない。3日前に俺をフッた張本人。


 そう、一ノ瀬さんだ。


「……迎えに来たよ。和真くん」

 

「……えっ、迎え?」


 この状況がまったく呑み込めない。

 

 一ノ瀬さんが、なぜ俺のアパートを知っているんだ?


 気のせいか、一ノ瀬さんの目の下にうっすらクマが出来ているような……

 

「もう連絡きたよね?」


「いや、ちょっと待って。何これ? ドッキリか何か?」


 うろたえる俺に、一ノ瀬さんは笑顔でゆっくり近づいてくる。


「そのままの意味だよ。それに、ドッキリじゃないから」


「そのまま……って?」

 

「私たち、今日から一緒に住むってこと!」


「はぁ!?」


 驚きすぎて目ん玉が飛び出るかと思った。


「和真くんは、これから私の管理下に置かせてもらいます」


 うん。柔らかい話し方なのに、容赦がない内容だ!


「どういうことっ!? いや、それよりも俺、この前……その……」


 告白して、断られてるじゃん!


「和真くん。あの時、逃げたでしょ」


「いや……その」


 だって、気まずくて……


「だからね……」


 彼女が少しだけ微笑んだ。


 だけど、その笑顔は、今まで一ノ瀬さんが見せたことのないような迫力が……!!


「和真くんが、逃げられない状況を用意したの」


 俺は反射的にツバをゴクリと飲み込んだ。


「大丈夫。和真くんに危ないことをさせるつもりはないし、生活も心配いらないよ? 私が養ってあげるから。その代わり和真くんは――」


 ――本気で言ってる。

 

 一ノ瀬さんは、俺の目をまっすぐ見ていて。とても嘘をついているように見えない。


「私の家に来てもらうことが決まりました」


「それって……断れるの?」


「うーん、止めといたほうがいいと思うよ?」


 いや、その顔……!? 悪い人がよくやるやつ!!


 その時、父さんのメッセージが頭をよぎる。

 

『俺たち家族の運命は和真に懸かっている』

 

 まさか、一ノ瀬グループって……目の前にいる一ノ瀬さんが手を回したってこと……?

 

 仕送りは止められ、家は住めなくなり、父さんの勤める会社も押さえられた。


 俺にあるのは、コンビニで買ったビールだけ。


「さ、はやく行こ?」


「………………」 


 こんなの、逆らえるはずがない……

 

 俺はどういうわけか――自分をフった女子と同棲することになってしまった。


 ◆

 

 いやホント、これどういう状況?

 

 俺なんかが一生乗ることはないと思っていた高級車に乗せられて、隣には好きな女子が座っている。

 

 だけど――ひとつもロマンティックじゃない!


 こんなの、めちゃめちゃ気まずいだけっ!


 静かな車内にはロードノイズと、時折ウインカーの音が聞こえるくらい。

 

 隣に座る一ノ瀬さんは、寝てるんじゃないかってくらい、ずっと目を閉じていて一言も喋らない。


 そんな一ノ瀬さんは……信じられないくらいかわいくて、ふわりと甘い香りがする。


 でもさ――冷静に考えたら、これって……拉致被害ってやつじゃないの?


 お巡りさ~ん! 事件です!


 ◆


 着いたのは、俺のボロアパート100個あわせても太刀打ちできない高級タワーマンションだった。


「……うわぁ」


 セキュリティ完備、オートロックに防犯カメラ。エントランスはホテルのロビーより広い。


 どう見ても、俺が入っていい場所じゃない。


 それなのに、エレベーターに乗って最上階へ向かう間も、一ノ瀬さんは無言。


「ここよ。さあ入って……」


 一ノ瀬さんがようやく声を出したのは、部屋に通されたときだった。


「あの……これって」


 いやっ! リビング広すぎ問題勃発!!

 

 夜景を一望できるこのロケーション、センスのいい家具といい、なんという贅沢すぎる空間。


 それなのに……ソファの上には、俺が好きだと言っていたアニメのクッションが置いてある。


 何じゃ……この違和感。

 

「一ノ瀬さん、このクッションって……俺が前に話してたやつだよね?」


「……偶然よ」


「でもコレって、俺が好きなアニメの――」

 

「じゃあ、そこに座って。飲み物を出すわ」

 

 あー。あからさまに話題を変えようとしてる……


 一ノ瀬さんに指定されたダイニングセットに大人しく腰掛ける。しばらく待っていると、一ノ瀬さんがお洒落なグラスを2つ持ってきた。


 これって、俺が大学でよく飲んでるジュースだよね?

 

 俺が好きな飲み物をわかってて出してるってこと?


 いや、まさか……これもただの偶然だよな?

 

「じゃ、ルールの説明をするわね」


「る、ルール?」


「そう、同棲ルール。和真くんは私の『管理下』に入ってもらうんだから。当然でしょ?」


 絶世の美女に管理される――なんとも背徳的で甘美な響きだ。


 ――家族を人質に取られていなければ、だけど。

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