第10話 社内恋愛は禁止されていませんが、私の精神衛生上禁止です~


 日曜日。 


 それは、ブラックな魔法少女バイトにおける唯一の休日だ。 


「……平和だ」


 私は街のショッピングモールに来ていた。

 柔道の朝練も休み。怪人の出現アラートもなし。

 久しぶりに普通の女子高生として、ウインドウショッピングを楽しんでいる。

 タピオカ屋の行列を横目に、私はクレープ屋のベンチに座った。

 チョコバナナクレープ(350円)。

 この甘さこそが、私の荒んだ心を癒やしてくれる唯一の……。


「……あ、これ。妹が欲しがってたやつだ」

「……ん。その素材、実験に使えそう……強度はどうかな」


 ……ん?


 どこかで聞いたことのある声がした。

 私はクレープを食べる手を止め、声のする方を見た。

 少し離れた雑貨屋の前。

 長身のイケメン・鈴木真琴君と、文学少女風のワンピースを着た佐藤真由美ちゃんだ。

 二人は真剣な顔で、ファンシーな雑貨や電子部品を見ている。

 会話の内容は「妹へのお土産」と「実験材料の調達」。あくまで友人としての買い出しに見える。


(なんだ、ただの買い出しか……)


 そう思って視線を外そうとした瞬間、私は見てしまった。

 二人の背中側。

 買い物袋を持っていない方の手が、人混みに隠れるようにして、こっそりと小指同士を絡ませているのを。


「……え」


 見間違いようがない。

 それは、ただの友人がする距離感ではなかった。

 周囲には気づかれないように、でも確実にお互いの体温を感じ合っている。そんな初々しくも濃厚な空気。


(……は? え、嘘でしょ?)


 私の思考が停止した。

 だって、真由美ちゃんは男性恐怖症で、真琴君は重度のシスコンで……。


「ねーエリちゃん、このリップどーお?」

「んー、恵美の肌ならこっちのピンクの方が映えるよ。試してみな」


 さらに、反対側のコスメ売り場から聞き覚えのある声。

 見ると、ギャルの木村恵美と、超絶美少年の伊藤絵理於君(今日は男装……というか本来の姿)がいた。

 絵理於君が真剣な顔でコスメを選んであげている。

 これも一見、仲の良い友達同士に見える。


 だが、私は見てしまった。


 カウンターの陰で、絵理於君が恵美の腰に手を回し、恵美がそれを愛おしそうにポンポンと叩いているのを。


(……はあああああああ!?)


 私の脳内で、何かが決壊した。


 職場恋愛。


 命がけで怪人と戦う私たちのチーム内で、まさかのダブルデート。

 しかも、「バレないように任務外で会っている」という事実が、私だけ仲間外れにされている現実を突きつけてくる。


「……裏切り者」


 私がクレープを握りつぶしそうになった、その時だった。


『リアジュウ……バクハツ……シロ……!』


 ドロリとした黒い霧が、モールの吹き抜け天井から降りてきた。

 広場の客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 怪人『独り身の嫉妬の怨念』だ。

 ハートを真っ二つに割ったような仮面をつけ、両手には「別れ話」と書かれた鎌を持っている。


「キャー! せっかくの休日なのに!」

「真由美、危ない!」

「恵美、下がって!」


 二組のカップルが、とっさに動いた。

 真琴君が真由美ちゃんを背にかばい、絵理於君が恵美の手を引く。

 その動きはあまりに自然で、互いを守ろうとする強い意志に満ちていた。

 だが、彼らは変身(着替え)していない。武器もない。戦えない。


「オマエラ……シアワセカ……ユルサナイ……!」


 怪人が鎌を振り上げ、無防備な彼らに襲いかかる。

 絶体絶命のピンチ。

 本来なら、私が助けに入る場面だ。

 いつもなら、「もう、仕方ないなぁ!」と言って飛び出す場面だ。


 でも。


 私の足は一瞬、止まった。


(……なんで?)


 私は毎日、柔道着を着て、最前線で体を張って、タライを落とされて、それでもバイト代のために戦っている。


 なのに、こいつらは。


 裏でこっそり愛を育んで、守り守られ、青春を謳歌している。


(……私だけ、蚊帳の外?)


「ユルサナイ……ユルサナイ……!」


 怪人が叫んでいる。

 奇遇だね。私もだよ。

 私はゆっくりと立ち上がった。

 カバンから『黒帯』を取り出し、ワンピースの上から強引に巻く。

 

 ギュッ、と締め上げる。


 ドクンッ!!


 心臓が早鐘を打つ。

 いつも以上の力が湧いてくる。これは装備の力じゃない。私の「やり場のない怒り」だ。


「……そこまでよ」


 私が低く呟くと、怪人が振り返った。


「オマエ……ヒトリミ……? ナカマ……?」

「誰が仲間よ!!」


 私は地面を蹴った。

 ショッピングモールの床タイルが粉々に砕け散る。


「恵子ちゃん!?」

「恵子!?」


 驚く四人の前を風のように駆け抜け、私は怪人の懐に飛び込んだ。

 怪人が鎌を振り下ろしてくるが、遅い。止まって見える。


「あんたたちがデートしてる間! 私は家で! 一人で! スーパーのチラシ見てたんだよぉぉぉ!」


 私は怪人の腕を掴んだ。

 涙が溢れてくる。悲しいんじゃない。悔しいのだ。

 そして何より、そんな彼らを「助けなきゃ」と体が動いてしまう、自分のお人好し加減が悔しい!


「職場恋愛ならそうと言ってよ! 気を使うじゃない!」


 バキボキィッ!


 怪人の腕をねじ切るような勢いで、私は背負い投げに入った。


「リア充は! 爆発しろぉぉぉぉぉ!!」


 私の魂の叫びと共に、全身の筋肉が唸りを上げた。

 

 ズガァァァァァァァン!!!!!


 私は怪人を、モールの床に叩きつけた。

 衝撃で床が抜け、怪人は地下駐車場まで貫通して落ちていき、ドゴォォンという音と共に消滅した。


 ***


 戦闘後。


 静まり返ったモールのカフェテラス。

 テーブルの上には、一番高い「スペシャルフルーツパフェ(1800円)」が一つと、アイスコーヒーが四つ。

 私は無言でパフェを食べていた。

 向かい側には、うなだれる四人。


「……ごめん、恵子ちゃん。黙ってて」


 真琴君が申し訳なさそうに言った。


「……隠すつもりじゃなかったんだけど、なんとなく言い出せなくて」


 真由美ちゃんも縮こまっている。


「……別に、怒ってないよ」


 私はスプーンでクリームを掬いながら、ぶっきらぼうに言った。


「ただ、私が一人で体張ってる時に、みんながイチャイチャしてると思ったら……なんか、こう……来るものがあっただけで」

「うう、ごめんね恵子ぉ……。これからは隠さないから!」


 恵美が手を合わせて謝ってくる。


「……これ、美味しい」


 私がパフェを一口食べると、絵理於君が慌ててメニューを開いた。


「お代わり頼む? なんでもいいよ、今日は僕たちが全部持つから!」

「そうだよ恵子ちゃん、好きなだけ食べて!」


 四人が必死に接待してくる。

 それは「助けてくれてありがとう」という感謝と、「一人にしてごめん」という罪悪感が入り混じった、なんとも気まずい優しさだった。


(……ま、いっか)


 私は甘いクリームを口に運びながら、ため息をついた。

 結局、私はこのチームの「保護者」ならぬ「お母さん」ポジションなのかもしれない。

 

 四人の少し安堵したような顔を見ながら、私は今日だけは、この居心地の悪い優しさに甘えることにした。

 ただし、パフェはあと二つは食べさせてもらうけどね!

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