第9話 日常生活にバグが発生しています(物理)~
翌朝。
私は通学電車のつり革に捕まりながら、憂鬱な溜息をついていた。
「……体が、重い」
昨日、新装備『黒帯(ブラック・ベルトと司令官は熱心に言っていたが、師範の前で神聖な帯をそんな風に言ってしまったらどうなるかわからないので黒帯で通す)』を使ったせいだ。
あれを締めると信じられない力が湧いてくるが、反動で翌日は全身が鉛のように重くなるらしい。
ブラックバイトにも程がある。労災認定してほしい。
そしてアレを試合で使うのはやめよう。
怪我人が出る事間違いなし。
ガタン、と電車が揺れた。
おっと、と私はつり革を強く握りしめた。
――バキッ。
乾いた音がした。
私の手の中には、無惨に引きちぎられたつり革のリングと、革のベルト部分が残っていた。
「……え?」
周囲の乗客が、ギョッとして私を見ている。
女子高生が、片手でつり革をねじ切った現場を目撃されてしまった。
(うそ……黒帯のパワー、まだ残ってるの!?)
「やだ、この吊り革壊れてる?危ない〜」
私は冷や汗をかきながら、誤魔化す発言をしつつそっとつり革をポケットに隠した(あとで鉄道会社に壊れてましたって言っておこう)。
どうやら私の筋肉は、昨夜のアップデートで不可逆的な進化を遂げてしまったらしい。
これじゃあ、うかつにドアノブも回せない。
ふと視線を上げると、車両の向こう側に、いつもの二人組がいた。
真琴君と、絵理於君だ。
今日も爽やかに談笑している。
(……あの人たち、昨日はプリキュアとスパイダーマンだったんだよなぁ)
真琴君がふと、手すりのポールを軽く握った。
そのポールが、心なしかグニャリと凹んだ気がした。
(……あっちも制御できてない!)
私たちは無言で視線を交わし、そっと目を逸らした。
平穏な高校生活を守るため、私たちは静かに暮らさなければならないのだ。
***
放課後。
今日のシフト担当である桜田幸師範から、『ゲームセンターに敵反応あり。至急向かわれたし』という冷徹なメッセージが届いた。
現場は、学校近くの大型ゲーセンだ。
店内はパニックになっていた。
「ぬいぐるみ……トレナイ……サギダ……」
クレーンゲーム機が合体したような怪人『取れない景品の怨念』が、巨大なアームを振り回して暴れている。
「キャー! キモいー!」
プリクラを撮りに来ていた女子高生たちが逃げ惑う。
「一般人の避難誘導は任せて!」
ギャル衣装に着替えた恵美が、慣れた手つきで客を逃がしていく。
私たちは物陰で着替え(私はペラペラのチャイナ服)、怪人の前に立ちはだかった。
「そこまでよ! ここはお店なんだから、暴れちゃダメ!」
私がビシッと言ってやる。
今日の私は、少し女の子らしく振る舞うと決めたのだ。ゴリラなんて言わせない。
「ウオォォォ! アーム、ヨワクシテヤルゥゥ!」
怪人が巨大な銀色のアームを伸ばしてきた。
速い!
「危ない!」
真琴君が前に出ようとするが、彼の『ソニック・ダーツ』は貫通力が高すぎて、後ろのプリクラ機まで破壊してしまう恐れがある。
ここは、私が止めるしかない。
「……ふんっ!」
私は『黒帯』をギュッと締め、アームを受け止めた。
ガシィッ!
金属のアームが私の腕を掴むが、ビクともしない。
(……いける。今の私なら、これくらい!)
「捕まえたわよ! みんな、今だ!」
私が怪人の動きを封じている間に、遠距離から攻撃してもらう作戦だ。
完璧なチームワーク。
そう思った、その時だった。
「……チャンス。ルービックちゃんの出番!」
後ろで真由美ちゃんの声がした。
カチャカチャカチャ……。
あの不吉な音が聞こえる。
「ちょ、真由美ちゃん!? 今じゃなくてよくない!?」
「赤と青、揃った!」
私の頭上に、紫色の魔法陣が展開される。
嫌な予感しかしない。
――ヒュン。
ガァァァァァァン!!!!!
「いったぁぁぁぁぁぁぁ!?」
まただ。
また黄金のタライが、ピンポイントで私の脳天を直撃した。
しかも今回は、怪人のアームで両手が塞がっているため、避けることも頭を守ることもできなかった。完全な無防備状態で食らった。
「痛いぃぃぃ! もう、なんなのぉぉぉ!」
あまりの理不尽な痛みに、私の涙腺が崩壊した。
視界が涙で滲む。
プツン、と何かが切れた。
「……離せっ!!」
私は泣きながら、掴んでいた怪人のアームを逆にねじり上げた。
メキメキメキッ……!
「ギ、ギギ……!?」
怪人が怯えるような声を上げる。
「痛いんだからぁぁぁ! あっち行ってよぉぉぉ!!」
私は怪人の巨体を、一本背負いの要領で放り投げた。
力の加減? 知るか!
ズドォォォォォン!!
怪人はゲーセンの天井を突き破り、そのまま空の彼方へ飛んでいった。
キラーン、と星になって消える。
シーン……。
カツッ…コロコロ…。
店内に静寂が戻った。
私は涙目でタンコブをさすりながら、へたり込んだ。へたり込んだすぐそばに欲晶石が転がってきた。今回は壊れていないようだ。
痛くてもお金は大事。とても大事。
真由美ちゃんが、テヘッと舌を出して近づいてくる。
「……またハズレちゃった。8割失敗するって本当だったね」
「本当だったね、じゃないよぉ! なんで全部私に来るの!?」
「恵子ちゃん、引きが強いから……」
「そんな引き、いらないよぉぉぉ!」
私が泣いていると、入り口からスーツ姿の女性が入ってきた。
桜田師範だ。
腕を組み、呆れたように私を見下ろしている。
「……騒がしいな。敵はどうした」
「……投げちゃいました」
「ほう。天井の修理費はともかく、投げのキレは悪くなかったぞ」
師範が珍しく褒めて……いや、ニヤリと笑った。
「だが、泣きながら投げるのは美しくない。武道家なら、タライの一つや二つ、気合で弾き返してみせろ」
「無理ですよぉ! 物理的に無理ですよぉ!」
こうして、私の「怪力ゴリラ」疑惑はさらに深まり、真由美ちゃんの「タライ爆撃」はチームの定番(お約束)となってしまった。
帰り道。
真琴君がそっと私に缶ジュースを奢ってくれた。
その缶ジュースのプルタブを開けようとしたら、プルタブだけが千切れて飛んでいった。
「……もう、嫌だぁ」
私の乙女心は、今日も物理演算の彼方へ消えていった。
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