第7話 保護者参観日は、だいたい修羅場になる~
その日の現場は、建設中の高層ビルの屋上だった。
吹きっさらしの風が冷たい。
だが、それ以上に寒々しいのが、私の目の前に広がる光景だった。
「……なんで、みんな揃ってるんですか」
私が尋ねると、スーツ姿の全沢さんが胃薬の粉を口に流し込みながら答えた。
「今日は……敵の反応が『災害級』…とても強いらしいんです。なので、安全体の為に全員出動しろと、司令官が……ウップ」
「大丈夫ですか全沢さん。もう帰ります?」
全沢さんは顔色が青白い。
しかし、問題なのは彼ではない。その両脇に立つ二人の巨人だ。
「フン。わざわざ森まで呼ぶ必要はないだろう。私一人で十分だ」
腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らすのは、最強の柔道家・桜田幸。
今日の服装は動きやすさ重視のジャージ姿だ。やる気満々だ。
「……いや、桜田こそ。忙しいなら帰って良いぞ。俺が穏便に済ませてやる」
蝶ネクタイのバーテンダースタイルで、腕を組み仁王立ちするのは森由成さん。
バチバチバチ……。
二人の間に、目に見えない火花が散っている。
学生時代からのライバルである二人は、顔を合わせるとこうなるらしい。
「あのー、そろそろ敵来るんですけど……」
絵理於が気まずそうにゴスロリ傘を回す。
その時、ビルの鉄骨が軋む音が響いた。
「ワタシノ……休暇ヲ……カエセェェェェ!!」
出現したのは、巨大な蜘蛛のような怪人だった。
だが、その足は無数の「判子(ハンコ)」で出来ており、胴体は「稟議書」の束で構成されている。
怪人『終わらない会議の怨念』だ。
「デカい! あれはヤバい!」
真琴君が妹お気に入りの『プリ〇ュア』衣装(パツパツ)で身構える。
災害級と言うだけあって、今までの敵とは圧力が違う。私たちが束になっても勝てるか怪しいレベルだ。
「みんな、下がって!」
私が叫ぼうとした、その瞬間だった。
「せいッ!」
「ぬんッ!」
二つの影が同時に動いた。
幸師範と森さんだ。
二人は示し合わせたわけでもないのに、怪人の左右から同時に突っ込んだ。
「まずは足場を崩す!」
師範が鋭いローキックを放つ。鉄骨をもへし折る蹴りが、怪人の右足を粉砕する。
「……これだとバランスが悪い。倒れるぞ」
森さんが左側から、倒れかけた怪人の巨体を掌底でカチ上げる。
ドォォォォン!!
怪人の巨体が、バレーボールのように真上に跳ね上がった。
「ちょ、速すぎ!」
私たちは置いてけぼりだ。
「遅いぞ森!そんな重い一撃では隙ができる!」
「……桜田、一撃が軽い。手加減するな」
二人は空中に浮いた怪人を追いかけ、ビルの足場を駆け上がる。
もはや怪人との戦いではない。
どっちが先に倒すか、という「喧嘩」だ。
「ハァッ!」
師範が空中で怪人を掴み、巴投げの要領でビル壁面に叩きつける。
「……ふんッ」
叩きつけられた怪人を、待ち構えていた森さんが正拳突きで迎撃する。
ボコォッ! ガガガガッ!
怪人は地面に落ちることも許されず、二人の達人の間でピンボールのように弾き飛ばされ続けている。
「ヤメテェェェ! スグ承認スルカラァァァァ!」
怪人が悲痛な叫びを上げている。どっちが悪者か分からない。
「……ねえ、アタシたち帰ってよくない?」
恵美がスマホで動画を撮り始めた。
「うん、巻き込まれたら死ぬね…石は無事かなぁ」
真由美ちゃんも白衣のポケットに手を突っ込んで見学モードだ。
しかし、状況は悪化した。
二人の攻撃の余波で、建設中のビルの鉄骨が雨のように降り注ぎ始めたのだ。
「あぶなっ!?」
私が咄嗟に受け身を取る。
このままではビルが倒壊する。被害が関係ない人たちにも行ってしまう!
「やめてください二人とも! ビルが! 予算が!」
その様子を見ていた全沢さんが叫んだ。
しかし、ヒートアップした二人の耳には届かない。
「どけ森! トドメは私が刺す!」
「……いや、俺がやろう。お前だと派手過ぎて周囲に迷惑がかかる」
師範が必殺の構えを取り、森さんが破壊の一撃を溜め始めた。
あれがぶつかり合ったら、この街区ごと消し飛ぶ。
「もうダメだ……監査部に殺される……」
全沢さんが膝をついた。
その時。
ブチッ、と何かが切れる音がした。
「……いい加減にしろォォォォォ!!」
全沢さんが、持っていたビジネスバッグから素早く「何か」を取り出した。
竹刀袋に入ったままの、竹刀だ。
あのサイズがあのバッグに入るの?という疑問は、全沢の行動によって一瞬で消えた。
彼はスーツの裾を翻し、目にも止まらぬ速さで二人の間に割って入った。
「経費を! 考えろオオオオ!!」
スパァァァァァン!!
乾いた音が二回、響いた。
全沢さんの竹刀(袋付き)が、桜田師範と森さんの脳天を、正確無比に捉えていた。
「「……あ?」」
最強の二人が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で動きを止める。
その一瞬の隙に、全沢さんは振り返り、瀕死の怪人の眉間に突きを放った。
「そしてお前は、さっさと成仏して残業を減らせぇぇぇ!!」
ズドンッ!!
全沢さんの鬼気迫る一撃を受け、怪人『終わらない会議』は「定時……退社……」と言い残して爆散した。
石がパラパラと落ちる音がした。そして…
静寂が訪れる。
ビルの屋上に、荒い息をつく全沢さんと、頭を押さえる最強の二人、そしてポカーンとする私たち五人が残された。
「……ふゥー……ふゥー……」
全沢さんがネクタイを緩め、我に返る。
「……あ」
彼は自分の手にある竹刀と、目の前で仁王立ちする師範と森さんを見て、顔面蒼白になった。
「あ、いや、これは、その……緊急避難的措置と言いますか……」
「……いい度胸だ、全沢」
師範がこめかみをピキピキさせながら笑った。
「……見事な太刀筋だったぞ。学生時代を思い出した」
森さんが微かに(目が笑っていない)微笑んだ気がした。
「ひいいいいい! すみませんでしたァァァァ!」
全沢さんの土下座が、夜空に美しく決まった。
***
翌日。
喫茶店のテーブルには、ボロボロになった怪人の結晶(欲晶石)と、全沢さんの始末書が置かれていた。
「……昨日のMVPは、全沢さんね」
私が呟くと、全員が無言で頷いた。
最強の二人を止められるのは、キレた社畜だけ。
この世界のパワーバランスの真理を、私たちは知ってしまったのだった。
「……でもさ、結局アタシたち、何もしてなくない?」
恵美の言葉が、グサリと刺さる。
そう。私たちは見ていただけだ。
時給泥棒と言われても反論できない。
「……とりあえず俺たちだけで倒せるようにならないと、いつまで経っても金が貯まらない!このままだとプレゼント一つも買ってあげられない無能な兄だと妹に嫌われてしまう」
真琴君が眼鏡を直しながら言った。
良いこと言った風な態度を取っているが、シスコン全開でみんなちょっと引いている。
空気が変わった事に気がついた真琴くんは、ひとつ咳払いをした。
「えーと、保護者(あの人たち)って本当は監督する立場なんだよな?なら僕たちだけで対応出来るようにしないと」
私たちは初めて、心の底から団結した気がした。
世界平和のためではない。
あの大迷惑な保護者たちから、自分たちの職場(バイト先)を守るために。
「とりあえず、攻撃の手段だけでも司令官に相談しよう!」
全員が頷いた。
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