第6話 最も理性的な保護者による、うっかり過失致死(怪人)~


 その日のシフト担当は、森 由成(もり よしなり)さんだった。


 集合場所の廃工場跡地。

 夕闇の中に、岩山のような巨体が佇んでいた。

 身長は軽く190センチを超えているだろう。丸太のような腕、厳つい角刈り、そして強面。

 しかし、その服装は意外なものだった。

 白シャツに黒のベスト、そして蝶ネクタイ。バーテンダーの制服だ。


「……あ、あの、森さん。お疲れ様です」


 私が恐る恐る挨拶すると、森さんはゆっくりと振り返った。

 その厳つい顔が、ふっと和らぐ。


「……お疲れ様」


 声は低いが、驚くほど優しい響きだ。

 彼は懐から何かを取り出し、そっと私の手に乗せた。 


「……これ、差し入れ。チョコレート」

「え、あ、ありがとうございます」

「糖分は、頭の回転を良くするからな」


 なんていい人なんだ。

 前回の桜田師範(戦闘狂)とは大違いだ。

 森さんはしゃがみこみ、足元にいた野良猫の頭を、その巨大な指先で壊れ物を扱うように撫でている。


「……ここは危ないぞ。あっちに行っていなさい」


 猫がニャーと甘えている。

 真琴君が「あの人が一番まともかもしれない……」と感動している。

 そう、彼は保護者三人組の中で最も理性的で、現在は街のバーでバーテンダーをしながら、空手道場の師範代も務める人格者なのだ。

 奥さんもいて、愛妻家らしい。完璧じゃないか。


 ***


 今回の敵は、廃工場に住み着いた『不法投棄の怨念』だった。

 古タイヤ、壊れた冷蔵庫、錆びた自転車などが融合し、巨大なゴミ屋敷のような姿をして襲いかかってきた。 


「ギギギ……ステルナ……!」


 怪人が冷蔵庫の扉を開け、中から腐った生ゴミ弾を連射してくる。


「うわっ、汚なっ! 臭っ!」


 絵理於がゴスロリ傘でガードしながら悲鳴を上げる。


「近づけないわね……。遠距離から削るしかないか」 


 しかし、こちらの攻撃(おもちゃの矢やBB弾)は、分厚い古タイヤの装甲に弾かれてしまう。

 私が投げようにも、相手が大きすぎて掴む場所がない。


「手詰まりか……ん?真由美、何やってるの?」

 私は後ろに控えている真由美ちゃんに叫んだ。

「……う、うん。なんかルービックキューブがが光ってるからどうしたのかなって……」

 真由美ちゃんが、白衣のポケットからルービックキューブを取り出し、カチャカチャ回している。

「この前喫茶店に行った時にね、司令官がやりたいって言ってたから貸してあげたの。違うやつ返されたのかなぁ……あ、赤、揃った……!」


 カチャリ、と彼女が最後のピースをはめる。

 その瞬間、怪人の頭上に魔法陣が出現した。


 ――ガコンッ!!


「いっだァァァ!?」

 空から降ってきたのは、黄金に輝く『金ダライ』だった。

 しかも、怪人ではなく、前衛にいた私の脳天を直撃した。


「一体何が起こったのぉオオオオ!!」

「……え?何事?……」

「ふざけんな!いきなりコント始めるタイプの怪人!?」


 私がタンコブを押さえて悶絶していると、怪人がチャンスとばかりに突っ込んできた。

 巨大な錆びた鉄骨の腕が振り下ろされる。

 避けられない!


「恵子ちゃん!」


 真琴君が叫ぶ。

 その時だった。


「……いきなりの暴力は良くないな」


 静かな声と共に、黒い影が私の前に滑り込んだ。


 森さんだ。


 彼は慌てる様子もなく、振り下ろされた鉄骨のアームを、片手で「すっ」と受け止めた。

 まるで、酔っ払った客を優しく制止するかのように。


「……少し、頭を冷やそうか」


 森さんは、怪人の巨体を「トッ」と掌で押した。

 殴ったのではない。あくまで、距離を取るために軽く押しただけに見えた。


 ――ズドンッ!!


 次の瞬間、衝撃波が巻き起こった。

 怪人の体が「くの字」に折れ曲がり、砲弾のような勢いで後方へ吹き飛ぶ。


「ギョエェェェ!?」


 怪人はそのまま廃工場の分厚いコンクリート壁を突き破り、その向こうにあった電柱をへし折り、さらに奥の空き地に停まっていた廃車をプレスして、ようやく止まった。 


 ズズズズズ……ガッシャン、ドガァァァン!!


 廃工場が半壊し、屋根が崩落する。

 土煙が晴れると、そこには更地と化した風景が広がっていた。怪人は塵も残さず消滅していた。


 カラン……。


 私の足元に、欲晶石が転がってくる。


「……あ」


 森さんが、困ったような顔で立ち尽くしていた。

 そのベストには、埃ひとつついていない。


「……やってしまった」


 彼は眉を下げ、シュンとした顔で、崩れ落ちた工場の壁と、へし折れた電柱を見つめている。

 コワモテの巨漢が、いたずらが見つかった子供のような顔をしている。 


「……力加減を、間違えた。軽く押したつもりだったんだが……」

「か、軽く……?」


 私は引きつった笑みを浮かべた。

 この人、理性的だけどスペックがおかしい。

 優しく制止したつもりが、交通事故レベルの衝撃を生んでしまっている。


「申し訳ない……。怪我はなかったか?」


 森さんは申し訳なさそうに小声で謝ると、私の頭(タライが当たった場所)を心配してくれた。


「は、はい。私は大丈夫ですけど……あっち(街のインフラ)が」


 遠くからウ〜〜〜ウ〜〜〜というサイレンの音が聞こえてきた。


「……警察か。まずいな」


 森さんがポツリと呟く。


「妻に……バレると怒られる」


 最強の男が、この世の終わりみたいな顔をした。


 ***


 翌日。


 喫茶『デッドオアアライブ』にて。


「……というわけで、昨日の戦闘による被害総額の請求書が、市役所から届きました」


 全沢さんが(なぜか彼が事務処理担当なので)、胃薬を飲みながら書類を読み上げた。


「工場の壁の修繕費、電柱の交換費、その他諸々……締めて三百万になります」

「さんびゃくまん」


 私が復唱すると、モニターの高橋司令官が頭を抱えた。


「森のヤツ……またうっかりやったのか……。あいつ、普段は優しいのに戦うと出力調整バグるんだよなぁ」

「あの、これ、誰が払うんですか?」


 私が恐る恐る聞くと、司令官は真顔で言った。


「うちは『怪人災害保険』に入ってないからねぇ。基本は現場の連帯責任かな」

「はあああああああ!?」


 全員の絶叫が喫茶店に響く。


「なんでよ! 壊したのは森さんでしょ!?」

「でも、森の奥さんにバレると家庭不和の原因になるからさぁ。あいつの家庭の平和を守るのも、組織の役目っていうか……」

「知るかそんなこと!!」


 終わった。


 時給1200円のバイトで、借金300万を背負わされた。

 森さんは昨日の帰り際、「すまない……今度、店で出しているパスタをご馳走するから……」と消え入りそうな声で謝っていた。

 いい人なんだ。いい人なんだけど、被害額がデカすぎる。


「……僕、もうダーツ売りに行こうかな」


 真琴君が遠い目をしている。


「アタシもパパに頼むしかないか……」


 全沢(N)、桜田師範(SSR・戦闘狂)、森(SR・うっかり破壊神)。

 この保護者ガチャ、どれを引いても地獄しかない。


「……ねえ、もう自分たちだけで戦わない?」

「だね。保護者が一番危険だわ」


 私たちは固く誓った。

 これからは何が何でも、保護者が「うっかり」動く前に敵を瞬殺しよう、と。

 それが、借金を返済し、平穏な高校生活を守る唯一の道なのだから。

 しかし、次回のシフト表を見た私は、再び膝から崩れ落ちることになる。

『次回のシフト担当:三人同時出勤』


「……地球、割れるんじゃない?」


 私の呟きに、誰も答えられなかった。

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