第5話 最強の保護者による、労働時間を短縮するための暴力~
放課後のチャイムが鳴った瞬間、私は教室を飛び出した。
部活(柔道)? 行けない。
掃除当番? 代わってもらった。
今の私には、一分一秒の遅刻も許されない理由がある。
「ハァ、ハァ……!」
商店街を全力疾走し、裏路地の喫茶店『デッドオアアライブ』のドアを勢いよく開ける。
「山田恵子、ただいま到着しましたァッ!」
体育会系の発声で叫ぶ私。
店内の空気が、ピリリと凍りついていた。
「……遅い」
カウンター席に座っていた女性が、ゆっくりとコーヒーカップを置く。
黒髪のポニーテール。切れ長の瞳。
モデルのように美しいが、その全身から放たれるオーラは猛獣のそれだ。
桜田幸(さくらださち)。25歳。
私の通う柔道場の師範であり、この辺りの裏社会……ではなく、武術界で知らぬ者はいない最強の武人だ。
「し、集合時間は四時半ですよね? 今、四時二十八分ですけど……」
「武道家なら十分前行動が基本だ。気合いが足りん」
理不尽だ。ここは道場じゃなくてバイト先なのに。
他のメンバーを見ると、全員が直立不動で震えていた。
特に男子二人。
「君たちのその格好は、なんだ?」
師範の冷たい視線が、すでに着替えを済ませていた真琴君(フリフリのエプロンドレス姿)と、絵理於君(ゴスロリ姿)に突き刺さる。
「あ、これは……その、妹の趣味で……」
「ファッションです……」
「ふん。動きにくそうだが、死にたくなければ足を止めるなよ」
興味がないらしい。
この人にとって、強さ以外の要素は全て誤差なのだ。
***
今回の現場は、住宅街にある小さな公園だった。
敵の反応が出ている。
「ターゲット確認。あれね」
ジャングルジムの上に、怪人がいた。
全身がスピーカーとアンプで構成された、騒音の塊のような姿だ。
「オレノ、ウタヲ、キケェェェェ!!」
怪人『深夜の路上ライブの怨念』が、マイク型の腕を振り回して絶叫した。
衝撃波で周囲のガラスがビリビリと震える。
「うっさ! 近所迷惑すぎでしょ!」
恵美が耳を塞ぐ。
これは早く倒さないと、通報されて警察沙汰になるパターンだ。
「みんな!早めに倒しちゃおう!」
私が指示を出し、柔道着(+カンフー衣装)の帯を締める。
私が突っ込んで注意を引きつけ、その隙に遠距離組が攻撃する作戦を全員に伝える。
「了解。僕のダーツで……」
「アタシのエアガンで……」
全員が武器を構えた、その時だった。
「遅い」
風が吹いた。
いや、風圧だ。
私の横を、黒い影が弾丸のように駆け抜けていった。
桜田師範だ。
スーツ姿のまま、ヒールのあるパンプスで、物理法則を無視した加速を見せている。
「ちょ、師範!?」
私の叫びは届かない。
師範は一瞬でジャングルジムの上の怪人の懐に飛び込むと、その襟首(スピーカーのコード部分)を掴んだ。
「近所迷惑だ。静かにしろ」
ドゴォッ!!
師範の掌底が、怪人のボディ(ウーファー部分)に炸裂した。
ただの打撃ではない。中国拳法の発勁のような、内側に響く一撃だ。
「グ、グガッ……!?」
「ふむ」
師範は怯んだ怪人の腕を取り、流れるような動作で合気道の投げに入った。
三メートルの巨体が、木の葉のように宙を舞う。
「せいっ」
ズドォォォォォォン!!
公園の地面が陥没した。
怪人は悲鳴を上げる間もなく、地面に埋まり、そして光の粒子となって消滅した。
戦闘時間、わずか五秒。
カラン……。
あとには、黄金色に鈍く光る石だけが転がっていた。
「……は?」
私たちは武器を構えたまま硬直した。
真琴君の投げようとしたダーツが、手からポロリと落ちる。
師範はパンプスの埃を払いながら、涼しい顔で振り返った。
「何をしている。露払いは終わったぞ。敵の本丸はどこだ」
「お、終わったぞ、じゃないですよ!さっきのが本丸です!」
私は我に返って抗議した。
「師範が倒しちゃったら、私たちの仕事にならないじゃないですか! 出来高払いはどうなるんですか!?」
そう、このバイトの給料システムには「討伐ボーナス」がある。トドメを刺したメンバーや、貢献度に応じて報酬が出るのだ。
保護者が倒してしまったら、私たちの査定はゼロだ。
「あんなガラクタが…それはすまん。だが」
師範は即答した。
「私はこれから合コンがある。お前達の鈍い戦いに付きあっている暇はない」
「ご、合コン……!?」
最強の武人にあるまじき単語が出た。
この人、男勝りすぎて彼氏ができないことを気にしていたのか。
「お前たちの動きは隙だらけだ。あんなスピーカーごときに手こずっていては、命がいくつあっても足りんぞ」
説教モードに入ってしまった。
師範は私の柔道着の襟を掴んでグイと引き寄せた。
「恵子。今の足運びはなんだ。腰が高い。これでは投げられる前に崩される」
「ひっ、はい!」
「そこでスクワット三百回。終わるまで帰さん」
「えええええ!?」
戦闘終了後、夜の公園で。
私はメイド服の巨漢やゴスロリ少年たちに見守られながら、泣きながらスクワットをさせられた。
「……ねえ、あの人怖すぎない?」
「怪人より強いじゃん……」
「アタシたち、いらなくない?」
メンバーのヒソヒソ話が聞こえる。
その通りだ。
全沢さんは弱すぎて困るが、桜田師範は強すぎて商売にならない。
「よし、三百回完了。解散!」
師範は時計を見ると、「遅れる」と呟いて風のように去っていった。
残された私たちは、ただただ疲労感に包まれていた。
「……今日の稼ぎ、基本給(時給)だけか」
「衣装代貯金が遠のいたな……」
真由美ちゃんが、地面の石を拾って寂しそうに言った。
「……でも、この石……師範が壊したせいか、いつもより粉々……」
「価値、下がってないといいけどね」
私たちは学んだ。
このバイトにおける最大のリスクは、敵の強さではない。
「その日のシフト担当者が誰か」であると。
『明日のシフト担当:森 由成』
帰り道、スマホに届いた通知を見て、私たちは絶望した。
明日は「災害」の日だ。
建物ごと壊すタイプの人だ。
…そういえば倒した怪人から落ちてくる石は
『欲晶石(よくしょうせき)』と言うものらしい。
人間の感情が具現化して石になり、怪人を生み出すのだそうだ。
とりあえず放置するのは危険だから、集めて司令官に渡せば良いらしい。
もう、師範達だけでやってくれないかな。
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