第4話 経費精算は事前申請が原則です


ドサァッ……。


 私が一本背負いで叩きつけた怪人『通勤ラッシュの怨念』は、断末魔も上げずに霧となって消滅した。

 あとに残されたのは、アスファルトの上に転がる、拳大のピンク色の結晶だけ。


「……終わった?」


 私が息を整えていると、ドンキの袋を提げたままのメンバーが集まってきた。


「凄ーい! 恵子、マジウケる! 今の動画撮っとけばバズったのにー!」

「……柔道の技が、まさか対怪人に通用するとは。勉強になったよ」

「アタシのエアガン、全然効かなかったんですけど。これ不良品じゃない?」


 みんな口々に勝手なことを言っている。

 私は破けかけたチャイナ服(2,980円)の裾を気にしながら、こみ上げる怒りを抑えた。


「ねえ、なんで私だけ肉弾戦なの? みんな遠くからパシュパシュ撃ってただけじゃん!」

「仕方ないよ。僕たちの武器、おもちゃだもん」

「開き直るな!」


 真琴君が巨大なメイド服姿(185cm・筋肉質)で正論を言うのが腹立つ。

 その時、ベンチの裏から「お疲れ様です……!」と全沢さんが這い出てきた。

 スーツは埃まみれ、ネクタイは曲がっている。


「いやあ、素晴らしい戦いでしたね! 私は後方から周囲の安全確認をしていました! 誰も通報してないようで何よりです!」

「……全沢さん、一度も戦ってませんよね?」

「私の役割はあくまでみなさんの保護監督ですから! さあ、撤収しましょう! 明日も早いんで!」


 逃げ足だけは速い。

 真由美ちゃんが、地面に落ちていたピンク色の結晶を拾い上げた。

「……これ、なんか落ちてるけど…………」

「へー、綺麗じゃん。これ売れるの?」

「……多分、回収対象じゃない?司令官に渡さないと……」


 私たちは疲労困憊の体を引きずり、拠点である喫茶店へと戻った。


 ***


 喫茶『デッドオアアライブ』。 


 深夜二時。


 私たちはカウンターにレシートの山を積み上げていた。


「というわけで、衣装代と武器代、合わせて一万五千円です。支払いは現金でお願いします」


 私が代表して、モニター越しの司令官・高橋修に請求した。

 しかし、画面の向こうの司令官は、渋い顔で煎餅を齧っている。


「うーん……これさぁ」

「なんですか。まさか払わないとか言いませんよね?」

「いや、払いたいのは山々なんだけどさ。これ、『事前決裁』取ってないよね?」


 ピキリ、と私のこめかみに青筋が浮かぶ。


「は?」

「ウチの組織、稟議(りんぎ)制なんだよ。五千円以上の買い物は、事前に申請書を出して承認印をもらわないと経費で落ちないんだよね〜」

「ふざけんな! 『今すぐ行ってこい』って言ったのそっちでしょ!」

「そう言われてもルールだからなぁ。あと、この『着ぐるみ(ピ〇チュウ風)』とか、戦闘に必要? 遊んでない?」

「必要です! 正体隠せって言われたから調達したんです!」

「却下。自腹で頼むわ」


 ガチャリ。通信が切れた。


 店内には、行き場のないレシートと、絶望した高校生たちが残された。


「……ウソでしょ。今月のバイト代、全部衣装代に消えるんだけど」


 恵美がスマホを投げ出した。


「……この衣装代でプリ⚪︎ュアのグッズが買えたのに……」


 真琴君が頭を抱えている。


「あ、でも時給は出るんですよね? 深夜手当込みで」


 私が希望を託してスマホの勤怠アプリを確認すると、そこには無慈悲な表示があった。


『退勤時刻:戦闘終了時(01:45)』

『※喫茶店での移動時間および反省会は休憩時間とみなします』


「……ブラックだ」

「真っ黒だわ」

「辞めたい……」


 私たちは無言で解散した。

 手元に残ったのは、筋肉痛と、破れたド⚪︎キの衣装だけだった。


 ***


 翌朝。


 私は全身の痛みと戦いながら、重い足取りで駅のホームに立っていた。

 昨夜は暗くて、解散の時は皆ボロボロで気づかなかったけれど、よく考えたら皆どうやって帰ったんだろう。

 そんなことを考えていると、反対側のホームに人だかりができているのが見えた。


「見て! 鈴木先輩よ!今日もゴツくて素敵ね」

「隣の伊藤君も超イケメンじゃない?」


 黄色い歓声の方へ何気なく目を向ける。

 そこにいたのは、詰め襟の学生服をビシッと着こなした、眼鏡のゴツい長身男子と、ブレザーを着崩したモデルのような美少年だった。


「……え?」


 私は思わず目をこすった。


 あの制服は、ここから二駅先にある、県内屈指の進学校・私立男子高校のものだ。

 そして、その二人の顔には見覚えがありすぎる。

 真琴君と、絵理於君だ。


(うそ……二人とも、あんな近くの学校だったの!?)


 昨日は再会が衝撃的すぎて、お互いの現在の学校なんて聞く余裕もなかった。

 往復ハガキで呼び出されるくらいだから、てっきり遠くに引っ越していたのかと思っていたのに。

 まさか毎朝使うこの路線で、こんなにニアミスしていたなんて。

 真琴君がふとこちらに気づき、眼鏡の奥で目配せをしてきた。

 『昨日のことは秘密だぞ』と言いたげな、刺すような厳しい視線。

 周囲の女子たちが「今の見た!? こっち見た!」と騒いでいるが、私は真顔で目を逸らした。


(昨日の夜、パツパツのメイド服とゴスロリ着てたんだよなぁ、あの人たち……)


 脳がバグる。関わりたくない。

 こんな近場にいたなんて、灯台下暗しにも程がある。


「おっはよー恵子! 顔死んでるけど大丈夫そ?」


 背後からバシッと背中を叩かれた。

 同じ高校の制服を着た、ギャルの恵美だ。

 昨日は気づかなかったが、彼女のカバンにはウチの高校の校章が入っている。


「……ちょっと待って恵美、あんたもウチの高校だったの?」

「は? 何言ってんの、一年の時から同じクラスじゃん。恵子が地味すぎて絡まなかっただけだし〜」


 マジか。


 私の視野が狭すぎたのか、それとも世界が狭すぎるのか。


「てか見た? 向こうのホームの鈴木先輩(笑)たち。ファンクラブあるんだって〜。まさか裏であんな格好してるとは、誰も思わないよね〜ウケる」

「声が大きい! バレたらどうすんの!」


 私は慌てて恵美の口を塞いだ。

 世界を守る魔法少女(男子含む)。

 その正体は、こんなにも近くに潜んでいた、金欠と疲労と秘密を抱えた高校生たちだった。


 ――ピロン♪


 私のスマホが鳴った。

 嫌な予感しかしない通知音。

 恐る恐る画面を見ると、そこには高橋司令官からのメッセージが表示されていた。

『お疲れ〜。昨日の石、鑑定終わったよ。

 あとで喫茶店来て。

 あ、今日のシフトの保護者は桜田幸さんだから。遅刻厳禁ね!』

「……ひっ」


 私は駅のホームで、思わず短い悲鳴を上げた。


 桜田幸師範。


 私の通う道場の師匠であり、鬼よりも怖い最強の武人。

 全沢さんならナメてかかれるが、師範が相手だと話は別だ。

 遅刻したら、怪人に殺される前に師範に殺される。


「……走らなきゃ」


 電車が来る前から、私のブラックな放課後は確定していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る