第3話 激安の殿堂で装備を揃え、最初の敵は残業戦士~


「ドンドンドン、ドン・キ⚪︎ーテ〜♪」


 脳内を支配する陽気なBGMの中、私は店内の鏡の前で絶望していた。

 場所は駅前の『メガ・ドン・⚪︎ホーテ』。

 深夜一時まで営業している、私たち貧乏高校生とヤンキーの味方だ。


「……これしか、ないの?」


 私が手に持っているのは、パーティーグッズ売り場で見つけた『カンフーガール(赤)』というコスプレ衣装だ。

 生地はペラペラ、縫製は甘々。お値段2,980円(税抜)。

 パッケージのモデルは満面の笑みだが、これを私が着て戦うのか。柔道着の上から着られるサイズがこれしかなかったとはいえ、あまりにもあんまりだ。


「恵子ちゃーん! 見て見て、アタシ超イケてない?」


 試着室から飛び出してきたのは、ギャルの恵美だ。

 彼女が選んだのは『キラキラ☆アイドルセット』。ミニスカートに派手なラメが入っている。

 元々派手な彼女には似合っているが、これから命がけの戦いに行く格好ではない。


「似合ってるけどさ……防御力ゼロじゃない?」

「大丈夫っしょ! 当たんなきゃいいのよ。それよりマコトの見てよ、ヤバいから」


 恵美が指差した先。

 カーテンがシャッ、と開く。


「……どうかな。妹が最近ハマってる『冥土(メイド)の土産ちゃん』というキャラなんだが」


 そこに立っていたのは、身長185センチ、体重100キロ超(推定)の筋肉ダルマだった。

 その巨体が、フリルたっぷりの白黒メイド服に包まれている。

 二の腕の筋肉で袖がパツパツになり、今にも弾け飛びそうだ。


「悲鳴上げてる……服が、悲鳴を上げているよ真琴君……」

「妹に写メ送ったら『お兄ちゃん最高!』ってスタンプ来たから、これでいく」


 シスコンも極まると恐怖だ。

 その横では、オネェの絵理於が『ゴシック・ヴァンパイア』の衣装を優雅に着こなし、真由美ちゃんは『着ぐるみパジャマ(黄色い電気ネズミ風)』を抱えてレジへ向かっている。


 カオスだ。


 これから世界を救うチームには到底見えない。ただの深夜のドンキにいる変な集団だ。


「武器も買ったわよー! おもちゃ売り場にあった吸盤付きの弓矢セット!」

「僕はダーツセット。競技用だから先端は尖ってるよ」

「アタシはエアガン。バイオ弾も買ったし環境に優しいわね」

「……ルービックキューブ……(カチャカチャ)」


 みんな、楽しそうに「武器(おもちゃ)」をカゴに入れている。

 私はため息をつきながら、ペラペラのカンフー衣装と、テーピング用のテープをレジに持っていった。

 私の武器? そんなものはない。

 私の武器は、この鍛え上げた肉体だけだ。なんで私だけガチなんだ。


 ***


 買い物を終え、店を出ると、外にはすでに「保護者」が待っていた。

 夜の公園のベンチに、疲れ切ったサラリーマンが一人。


「あ、どうも……全沢です……」


 全沢蓮樹(ぜんざわはすき)さん、26歳。銀行員。

 パリッとしたスーツを着ているが、その背中は丸まり、目には生気がない。

 手にはコンビニの袋に入った胃薬が握られている。


「あの、今日は私が引率ということで……ええ、定時で上がれと言われたんですが、まさかこんな業務外業務があるとは……ハハ……」

「全沢さん、大丈夫ですか? もう帰ります?」


 私が気遣うと、彼はブンブンと首を振った。


「いえ! 帰ると幸(さち)……いえ、桜田師範に殺されるので! やります! ただ、なるべく穏便にお願いしますね。私、暴力とか苦手なんで……」


 この人が、かつて剣道日本一? とても信じられない。


 その時だ。


『緊急警報〜。敵出現〜。場所はすぐそこ、駅前ロータリー』


 全員のスマホが一斉に鳴った。

 希星副官からの、やる気のない通知だ。


「来たわね……!」

「行くぞみんな! 妹の睡眠時間を守るために!」

「はいはい、さっさと終わらせてカラオケ行こー」


 私たちは夜の街を走った。

 ドンキの袋をガサガサ言わせながら。


 ***


 駅前ロータリーには、すでに異様な空気が漂っていた。

 街灯がチカチカと明滅し、空間が歪んでいる。

 その中心に、ソレはいた。


「グオオオ……残業……シタクナイ……」

「シュウ電……ナクナッチャウ……」


 身長3メートルほどの怪物。

 全身が「満員電車」のようにひしゃげたスーツ姿の男たちで構成されている。

 顔の部分には、改札機が埋め込まれていた。


「出たわね、えーと…なんか気持ち悪い怪人!」


 絵理於がゴスロリスカートを翻し、エアガンを構える。


「あれは……『通勤ラッシュの怨念』か!? くっ、今の僕には精神的ダメージが大きい!」


 全沢さんが頭を抱えてベンチの裏に隠れた。

 保護者ーーーッ!!


「来るよ!」


 怪人が改札機の口を開き、こちらへ突進してくる。

 速い!


「『ハート・キャッチ・アロー』!」

 真琴君が野太い声で叫びながら、ダーツの矢を投擲した。


 ヒュン! と風を切る音。


 矢は見事に怪人の肩に突き刺さったが――。


「イタクナーイ……」

「硬い! 筋肉が凝り固まっている!」

「じゃあアタシが! 『ラブリー・ショット』!」


 恵美が吸盤付きの矢を放つ。


 ペチッ。


 怪人の額に吸盤が張り付いた。それだけだ。


「ウソでしょ!? ドンキの弓じゃ威力足りない!?」

「当たり前でしょ! おもちゃなんだから!」


 私は叫んだ。


 遠距離攻撃組の攻撃がまったく効いていない。

 怪人は勢いを止めず、私たちに迫ってくる。

 ていうか、こっちに来る。

 私の方に!


「なんで私!? 他にも派手なやついるじゃん!」

「一番地味だからナメられてるのよ!」

「ふざけんな!」


 私は覚悟を決めた。

 柔道着(の上にペラペラのチャイナ服)の帯を締め直す。


 魔法はない。ビームも出ない。


 あるのは、道場で毎日千回繰り返した打ち込みの記憶だけ。


「オオオオオ!」


 怪人が腕を振り上げる。その腕は、何本ものネクタイが絡み合って鞭のようになっている。

 私は踏み込んだ。

 相手の懐、ネクタイの嵐の内側へ。

 襟を掴む――いや、ネクタイの結び目を掴む!


「時給分は……働かせてもらうわよッ!!」


 私は叫び、怪人の巨体を背負った。

 柔道技・一本背負い。


 ――ズドンッ!!


 アスファルトに怪人が叩きつけられる鈍い音が響く。

 物理。圧倒的物理だ。


「グベェッ……」


 怪人が目を回して動かなくなった。

 私は肩で息をしながら立ち上がる。


「……え、強っ」


 後ろで見ていた恵美が引いている。

 真琴君もポカーンとしている。

 違う。そうじゃない。

 私は叫びたかった。


「なんで私だけガチの殴り合いなのよぉぉぉぉ!!」


 駅前の夜空に、私の魂の叫びが木霊した。

 全沢さんはまだベンチの裏で震えていた。

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