第2話 予算削減のため、物理攻撃と自前衣装でお願いします~

「フォッフォッフォ……」


 昭和の悪役のような笑い声と共に、喫茶店の壁に設置されていた古臭いブラウン管テレビが点いた。

 砂嵐の向こうに映ったのは、生活感あふれる和室。そして、煎餅をかじっている中年男性と、ジャージ姿で寝転がっている若い女性だ。


「久しぶりだね、元・魔法少女諸君」

「あ、もしもーし。聞こえてるー? マイク入ってる?」


 男性が威厳を作ろうとし、女性がそれを台無しにする。


 私は彼らを知っている。


 かつて私達を指揮し、地球を守る崇高な使命を与えてくれた司令官・高橋修(たかはしおさむ)と、副官の星空希星(ほしぞらきらら)さんだ。


「高橋さん、希星さん……お久しぶりです」


 私が頭を下げると、他の四人も「うっす」「どーも」と適当に手を振る。

 感動の再会、という雰囲気ではない。画面の端にはベビーベッドが見切れ、赤ちゃんの泣き声が聞こえている。


「単刀直入に言おう。地球がヤバイ」


 高橋司令官が、煎餅を置きながら言った。


「また悪い宇宙人が来ちゃってさー。君たちの力がまた必要になっちゃったわけ」


 希星さんが、あくびをしながら補足する。

 相変わらず軽い。地球の危機感が全く伝わってこない。

 私は溜め息をつき、席を立った。


「帰ります」

「待ちたまえ山田君! 話はまだ終わっていない!」

「聞く必要ありません。私、もう高校生なんです。部活もあるしバイトも探さなきゃいけないし、ボランティアで世界を救ってる暇なんてないんです」


 そう。小学生の頃は「選ばれた」という高揚感だけで戦えた。

 でも今は違う。現実が見えてしまったのだ。

 私が店を出ようとすると、スピーカーからズルい一言が聞こえた。


「時給、出すよ?」


 ピタリ、と私の足が止まる。


「……いくらですか」

「時給千二百円。深夜手当あり。交通費全額支給。さらに敵を倒すごとに『出来高払い』もつけよう」

「座ります」


 私は光の速さで席に戻った。

 千二百円。高校生のバイトとしては破格だ。新たな柔道着の購入費用もすぐ貯まりそうだ。


「マジ? コスメ代浮くじゃん。やるやるー」


 ギャルの恵美が即答した。


「僕も……妹に『プリ〇ュア』の変身セットねだられてて……金が……」


 ゴリマッチョの真琴君も、深刻な顔で頷く。


「僕も暇つぶしにいいかな。ねえ真由美ちゃんは?」

「……実験の、費用が出るなら……毒薬とか作りたいし……」


 交渉成立。


 まさか金で再結成するとは夢にも思わなかったが、背に腹は代えられない。

 しかし、世の中そんなに甘くはなかった。


「ただし!」


 高橋司令官が声を張り上げる。


「今回の防衛予算は極めてカツカツだ。よって、君たちへのサポート体制にいくつか変更がある」

「変更?」

「まず、『変身魔法』は廃止だ」


 店内が静まり返った。

 え、今なんて?


「魔法の供給コストが高騰してねえ。キラキラ光って変身したり、ビーム出したりするのは予算オーバーなんだわ」


 希星さんが面倒くさそうに説明する。


「じゃあ、どうやって戦うんですか!?」

「そこにあるもので。物理で」

「ぶつり」


 私は自分の手を見た。柔道タコのできた掌。

 ……殴れと? 怪人を? 素手で?


「あと、衣装も支給できないから。『自前』で用意してね。なるべく正体がバレないやつで頼むわ」

「はあああああ!?」


 私が絶叫すると同時に、他のメンバーもざわつき始めた。


「えー、ウケる。じゃあアタシ、アイドルのコスプレしよっと」

「僕……ゴスロリの新作買っちゃったから、それ着ていい?」


 恵美と絵理於はむしろ楽しそうだ。

 しかし、問題は男子(見た目)の真琴君だ。


「自前……か。妹が喜ぶなら、僕は妹が選んだ服を着よう」

「真琴くん! ちょっとよく考えて!プリ⚪︎ュアは社会的に死ぬ!」


 私が止めるのも聞かず、彼は遠い目をしている。嫌な予感しかしない。

 真由美ちゃんに至っては「着ぐるみ……ドンキに売ってたピ〇チュウ……」とブツブツ言っている。版権的にアウトだ。


「待ってください司令官! 百歩譲って衣装はいいです。でも、武器は!? あの『マジカルステッキ』は!?」

「あれ一本で高級車買えるから無理」

「じゃあ丸腰で死ねと!?」

「まあまあ。君たちにはそれぞれ才能があるじゃないか。柔道とか、ダーツとか、なんか怪しい薬とか」


 高橋司令官は投げやりだ。


「それに、君たちは未成年だ。労働基準法的にも、夜間の戦闘には『保護者』の同伴が必要になる」

「保護者?」

「そう。私の信頼できる友人たちだ。彼らがシフト制で現場に引率する。戦闘の許可や責任は彼らが取るから、安心して暴れたまえ」


 モニターの画面が切り替わり、三人の顔写真が表示された。


 殺し屋のような目つきの女性。

 岩のような巨漢。

 そして、ひ弱そうなサラリーマン。


「……あの、一番右の人、すでに目が泳いでますけど」

「彼は全沢君だ。ちょっとプレッシャーに弱い銀行員だけど、剣道は強いから」


 不安しかない。


 予算ゼロ、魔法なし、衣装自前、保護者同伴。

 これが、かつて星を救った伝説の魔法少女チームの成れの果てか。


「というわけで、契約書はそこに置いてあるから。サインしたら今日の夜から出勤ね」

「今日から!?」

「商店街に『ストレスを溜め込んだサラリーマンの成れの果て』みたいな怪人が出そうなんだよ。じゃ、よろしく〜」


 プツン。


 通信が切れた。


 テーブルの上には、ペラペラの労働契約書と、黒のボールペンが一本。

 私たちは顔を見合わせた。


「……やるしかないわね」

「だねー。時給いいし」


 私は震える手で契約書にサインをした。

 こうして、私たちのブラックで物理的な、第二次魔法少女ライフが幕を開けたのだった。


「とりあえず、ドンキ行くか……」


 誰かの呟きが、虚しく店内に響いた。

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