第2話「28メートルの距離」
高校の部活見学を終え、正式に弓道部に入部してから約一週間が経とうとしていた。
月曜日、水曜日、金曜日の週三日だ。
授業が終わり、放課後になると颯爽に弓道場へ向かう。
弓道場はグラウンドから100メートルぐらい離れた場所にある。木造の古い建物で外見では弓道場とは思わない見た目をしている。中に入ると、畳の香りと、弦の音が響いている。
部員は全部で二十人。しかも男子はたったの五人。女子が圧倒的に多かった。確かに弓道って女子の方がやっている人が多いようなイメージはあったので女子の方が多いと思っていたが、想像以上だった。
「お、桐生!お疲れー」
同じ一年生の男子部員、田中が声をかけてくれた。彼も僕と同じで、弓道を始めたのは高校からなので一緒に基礎から教わっている。
「うん、よろしく!」
「最近、弓道場女子が多くて華やかになったよなー
もしかしたらこの中から俺の彼女ができたり
して笑」
田中は冗談めかしく笑う。
確かに女子部員が多い。だが、先輩たちは明るく、楽しそうに練習をしている。
ーーそして、その中に彼女もいる。
僕と同じ一年生で、同じクラス、同じ部活。
クラスだけに限らず、部活内でも彼女の周りには
多くの人が集まっている。
「ねえねえ、白鳥さん。このやり方で合ってる?」
「いい感じ!もうちょっと肘上げてみて!」
同じ一年生の女子が、梢に教わっている。
梢は中学の時から弓道をやっていたため、
同じ一年生の中でも群を抜いて上手だ。
先輩たちからも「すごく筋がいいよ」と褒められているお墨付きだ。
僕は、その様子を遠くから眺める。
教室でもそう。部活でもそう。
彼女の周りにはいつも多くの人が集まっている。
僕みたいな人がその隙間に入ることなんてできない。
「桐生ー。ぼーっとしてないで基礎練習やるぞ」
そう言われた瞬間、我に返った。
「あ、はい。すみません」
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初心者の僕たちには、まだ弓を引かせてもらえない。
まずは、「射法八節」という基本の動作を学ぶ。
最初から順番に「足踏み」「胴作り」「弓構え」
「打ち起こし」「引き分け」「会」「離れ」
「残心」の8つ。他にも足の感覚や、呼吸の仕方、
体の向きなどを教わる。
「弓道ってさ、ただ当てるだけじゃなくて、
その過程の動作の美しさも大切なんだよ。」
先輩がゆっくり、丁寧に教えてくれる。
「心を込めて、一射一射大切に射る。
これが弓道の精神だから」
一射一射。
どこかその言葉が胸の奥で残る。
ふと、梢の方を見る。
彼女は、弓の引き方を教わる。的から
28メートルの距離に立ち、先輩から弓の引き方を教わる。
その姿は、やはり凛としていた。
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練習が終わり、片付けの時間になった。
「白鳥、今日の引き良かったよ」
「ありがとうございます。でもまだまだ先輩には
追いつかないですよ」
梢と先輩が笑顔で話す。
その姿を見つつ、黙々と床を箒ではく。
話しかけたい。
一言でもいいから、声をかけたい。
でも、話すネタがない。
教室でも、部活でも彼女はクラスの中心人物。
僕はクラスの端っこにいる友達の少ない人。
あまりにもその差は大きい。
きっとこの距離は埋まらないだろう。
的までの距離、28メートル。
彼女との距離はそれと同じくらい、いやもっと遠いだろう。
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帰り道。
校門を出ると何やら後ろの方で楽しそうに話している声が聞こえてきた。
「白鳥さん。一緒に帰ろー」
「いいよー学校」
振り返ると、梢が同じ部活の女子たちと
一緒に笑顔で話している。
僕は、その姿に何も言えずに校門を出た。
空を見ると、夕焼けがどこか寂しく見えた。
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僕は授業中、ふと窓の外を見ることがある。
梢は休み時間、部活など時間を問わずいつも笑顔で溢れている。
だが、授業中梢の方を見ると、時々窓の方を見ながら何か考え事をしている顔が見える。
その表情は、休み時間の姿とも弓を引いているときの姿とも違う。
誰にも見せない姿だからこそ、僕はその姿の理由を知りたくなった。
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四月末。
この時期のイベントといえば、言わずもがな
ゴールデンウィークだろう。
部活はゴールデンウィーク中もあるが、完全オフの日もも何日かある。
教室では、多くの人がその話で持ちきりだった。
「白鳥さん、ゴールデンウィーク何するの?」
「うーん。特に予定はないから家でごろごろする
かなー」
僕はふと思い出した。
祖父と一緒に巡っていた神社のこと。
御朱印集め。
もう祖父はいないけれども、今でも御朱印集めを続けている。どこかあの落ち着ける雰囲気が
僕には好きだった。
「次の連休どこかの神社行こうかな」
そう教室の隅で呟くのだった。
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ゴールデンウィーク初日。
天気は快晴。絶好の御朱印集め日だ。
僕はリュックにきちんと御朱印帳を入れて、
家を出た。
目的は桜ヶ丘神社。
家から自転車で20分ぐらいの距離にある小さな神社。春には桜が満開になるが人が少なくて、静かで、僕のお気に入りの場所だ。
自転車を漕ぐと、僕はふと梢のことを考えだした。
連休中、彼女は何をしているのだろう。
友達と遊んでいるのだろうか。
部活の自主練に行っているのだろうか。
それとも、休み時間に言ってたように家で
ごろごろしているのだろうか。
そんなことを考えていると、目の前から神社の赤い鳥居が見えてくる。
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桜ヶ丘神社。
鳥居の前で一礼をしてから、鳥居をくぐると
どこか空気が変わった感じがした。
木々に囲まれた参道を通り、手水舎で手を清める。
ここに来ると、いつも心が落ち着く。
本殿に向かおうと顔を上げた時ーー
その場に立ち止まってしまった。
長い髪。
見覚えのある後ろ姿。
そしてその手にはーー
御朱印帳。
「え?」
僕の口から声が漏れる。
その女の子がゆっくりとこちらを向く。
目があった瞬間、お互いに固まった。
「え、桐生くん?」
白鳥梢。
同じクラス、同じ部活の、
あの人気者の彼女がーー
なぜかここにいた。
「弓道部の的中音が、俺の初恋の合図だった」 神崎りん @kanzaki_rin_x
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