第3話 唸る櫓(ろ)と、女王の一喝
ブォン! と鈍い風切り音が唸る。
俺が放ったのは、武術的な洗練とは程遠い、ただの全力の「横払い」だった。
「なっ!?」
男が反応して剣を盾にするが、遅い。
物理法則に任せた質量による暴力が、男の剣ごと横腹を薙ぎ払った。
ドゴォォン!
派手な打撃音と共に、大男の体が「く」の字に折れ、桟橋から弾き飛ばされる。
そのまま派手な水柱を上げて、海へと没した。
「……ふぅ。やっぱり、取り回しが悪いな」
俺は痺れる手を振って、再び櫓を構え直した。
一撃で頭目を沈めたにも関わらず、残りの雑魚たちが色めき立つ。
「や、野郎っ! 兄貴をやりやがった!」
「囲め! 長い棒なんざ、懐に入っちまえばこっちのもんだ!」
判断が早い。さすがは海賊崩れ、実戦慣れしてやがる。
奴らは散開すると、三方から同時に斬りかかってきた。
……普通なら、これで詰みだ。
だが、今の俺には、俺以上に目のいい「勘」がついている。
「ハク! 右後ろ! ギラギラしたのが来るさね!」
ニライの鋭い声。
俺は思考するより先に、反射的に体を沈めた。
頭上を錆びた刃が通過する。
俺はそのまま櫓の後端(石突き)を、背後の気配に向けて突き出した。
「ぐぇっ!?」
手応えあり。
見なくてもわかる。鳩尾(みぞおち)に入ったな。
「左! 今度は低いさね!」
「はいよっ!」
俺は櫓を盾のように垂直に立てて、左からの斬撃を受け止める。
ガッ、と樫の木が削れる音がするが、芯までは届かない。
俺はそのまま櫓を軸にして体を捻り、がら空きになった相手の脛(すね)を蹴り飛ばした。
「あだァッ!?」
(……便利だな、この野生の勘!)
俺の動体視力じゃ追いつかない死角からの攻撃も、ニライの声に従って動くだけで、まるで予め決められた演武(ダンス)のように躱(かわ)せる。
これが、こいつの言う「色が視える」ってやつか。
「ひ、ひぃ……! なんだこいつら!? 化け物か!?」
残った数人が、及び腰になって後ずさる。
無理もない。
棒切れを持った優男と、キャッキャと騒ぐ南の島の少女。
そんなふざけた連中に、手も足も出ずにボコられているのだから。
「……まだやるか?」
俺は櫓を肩に担ぎ、冷ややかに言い放つ。
だが、トドメを刺したのは俺の言葉ではない。
ずっと沈黙を守っていた、俺の腰の「小さな女王」だった。
「……失せろ」
ヤエの声は小さかった。
だが、その一言に含まれた絶対的な「王の威圧(プレッシャー)」は、海賊たちの戦意を根こそぎ刈り取った。
彼らは武器を取り落とし、蜘蛛の子を散らすように逃げ出して――次々と自ら海へ飛び込んでいった。
「……やれやれ。やっと静かになったか」
俺は大きく息を吐き、重たい櫓を地面に突き立てた。
手にはマメができ、腕の刺青はまだ熱を持っている。
だが、とりあえずの危機は去ったようだ。
「ハク! すごかったさね! ブンってやって、ドンって!」
「はいはい、ニライのおかげだよ。……助かった」
俺が素直に礼を言うと、ニライはキョトンとした後、花が咲くように笑った。
さて。
俺は視線を海から引き上げ、桟橋に残された、ずぶ濡れの頭目――最初に俺が叩き落として、這い上がってきた男――へと向けた。
「さて、と。……じゃあ、聞かせてもらおうか。誰に頼まれてこんな真似をしたのかを」
◇◇◇
「げほっ、ごほっ……! た、助けてくれ……!」
桟橋に引きずり上げられた大男――海賊の頭目は、海水を吐き出しながら情けなく身を丸めた。
先ほどまでの威勢は見る影もない。
俺は濡れた櫓(ろ)を肩に担いだまま、冷ややかな視線で見下ろした。
「助かるかどうかは、あんたの喉次第だ。……誰に入れ知恵された?」
俺が聞きたいのは、単なる黒幕の名前じゃない。
こんな辺境の海賊が、どこで「ツクシの軍旗」なんて上等な代物を手に入れたのか、だ。
「し、知らねぇ! 本当だ! ただ、東から来た商人が……『この旗を掲げて人を集めれば、いくらでも金になる』って……!」
「東の商人、だと?」
俺とヤエの視線が交差する。
『倭(ワ)』において「東」が指す勢力は一つしかない。
豊穣の都、『ヤマト(大和)』だ。
「そいつは、報酬に何をよこした?」
「か、金(きん)だ! 見たこともねぇ、純金の粒を……!」
大男が懐から取り出したのは、確かに輝く砂金だった。
だが、俺は眉をひそめて、あえてそれに触れようとはしなかった。
「……なるほどな」
俺は鼻を鳴らした。
鉄が通貨のツクシ周辺で、あえて「金(ゴールド)」をばら撒く。
鉄なら加工法や成分で産地がバレるが、金粒じゃ出処を追えない。
足がつかないようにするための工作だろうが、それ以上に――この金は、妙に臭う。
微かだが、鼻の奥を突く刺激臭。
これは水銀(みずがね)の残り香だ。
大陸の知識があればわかる。これはアマルガム法で無理やり抽出された、死人の命を削って作られた穢れた黄金だ。
相当にタチの悪い奴が糸を引いている。
「……ヤマト、か」
俺の腰で、ヤエが低く呟いた。
その声には、先ほどの激情とは違う、冷たく鋭い刃のような響きがあった。
「腐っているとは聞いていたが、これほどとはな。……我が名を騙り、我が民をさらい、それを西(ツクシ)のせいにして両国を争わせる腹積もりか」
ヤエの推測は筋が通っている。
今、ツクシとヤマトが戦争になれば、一番喜ぶのは誰だ?
……いや、考えるのはよそう。俺はただの運び屋だ。国家間の陰謀なんぞ、追加料金をもらっても割に合わない。
「おい、荷物持ち」
「……嫌な予感がしますが、なんでしょう」
ヤエは海賊たちには目もくれず、東の水平線を睨み据えて言った。
「予定を変更する。……このまま東へ向かうぞ」
「はい?」
「『境(サカイ)』だ。ヤマトの玄関口であるあの街なら、その『商人』とやらも尻尾を出しているはず。……行くぞ、ハク。私の名を汚した代償、高くつかせてやる」
有無を言わせぬ王命。
俺はやれやれと天を仰いだ。
だが、その前にやるべきことが一つ増えたようだ。
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