第20章「最終兵器の誘惑」


魔王タケシとの戦いは、凄まじいものだった。


大広間全体が、魔力の渦に包まれた。床が砕け、壁が崩れる。タケシの放つ黒い魔力は、全てを飲み込む破壊の力だった。


「これが、三十年蓄積した絶望の力だ!」


タケシが叫ぶ。黒い光弾が、無数に飛来する。


エリシアが、光の盾を展開する。だが、盾に亀裂が走る。


「くっ……強すぎる!」


ガンダルが、巨大なハンマーを振るってタケシに突進する。だが、タケシは片手でハンマーを受け止めた。


「無駄だ」


タケシが手を振るうと、ガンダルの体が吹き飛ばされた。


「ガンダル!」


カイトが叫んだ。レオンハルトが剣を抜いて斬りかかるが、タケシの周囲に展開された黒い障壁に阻まれる。


「人間の武器など、私には届かない」


タケシの目には、虚無があった。生きる希望を失った者の目だ。


カイトは、必死に考えた。どうすれば、この戦いを止められる?


武力では勝てない。ならば、言葉だ。対話だ。


「タケシさん!」


カイトが叫んだ。


「あなたの気持ちは、わかります! 技術が悪用されるのは、本当に辛い。でも――」


「わかる? 君に何がわかる!」


タケシが、カイトに向かって黒い魔力を放った。


カイトは、ガンダルからもらった魔法の盾に魔力を注いだ。バリアが展開され、黒い魔力を防ぐ。だが、バリアは数秒で砕けた。


黒い魔力が、カイトの肩を掠めた。


「ぐあっ!」


痛みが走る。血が流れる。


「カイト!」


エリシアが、カイトを抱きかかえた。治癒魔法を唱える。傷が、ゆっくりと塞がっていく。


「大丈夫ですか?」


「ああ……でも、このままじゃ……」


その時、城の外から轟音が響いた。


「何だ?」


タケシが、窓の外を見た。


そこには――巨大な魔導砲が設置されていた。


王国軍が、持ち込んだものだ。


「魔導砲? あんなものがあったのか……」


カイトは、嫌な予感がした。


砲身が、城に向けられている。


「まさか……!」


魔導砲が、発射された。


巨大な魔力の砲弾が、城の壁を貫いた。爆発が起こり、城の一角が崩壊する。


タケシは、魔法で爆発を防いだ。だが、その顔には驚愕の色があった。


「魔導砲……そんなものまで作ったのか、この国は」


カイトは、愕然とした。


誰が、魔導砲を作らせたのだ?


その答えは、すぐに明らかになった。


大広間の扉が開き、一人の男が入ってきた。


貴族の豪奢な服を着た、中年の男。カイトは見覚えがあった。王国の財務大臣、グレゴリウス侯爵だ。


「カイト君、よくやってくれた」


グレゴリウスは、冷たく笑った。


「君が魔王を足止めしている間に、我々は魔導砲を準備できた。これで、魔王もろとも、この城を吹き飛ばせる」


「何を言っているんですか!」


カイトが叫んだ。


「僕たちは、まだ対話を――」


「対話? 馬鹿な。魔王など、殺すべき敵だ」


グレゴリウスは、鼻で笑った。


「それに、この魔導砲は素晴らしい。君の魔導車の技術を応用して作った。強力な破壊力だ。これがあれば、他国との戦争でも有利に立てる」


カイトは、血の気が引いた。


「あなたが……僕の技術を、兵器に?」


「当然だ。技術は、国力だ。君の技術を、最大限に活用させてもらった」


グレゴリウスの言葉に、カイトの中で何かが弾けた。


「やめろ!」


カイトが叫んだ。


「僕の技術を、勝手に使うな! 武器なんか作るな!」


「もう遅い。既に十門の魔導砲が完成している。そして、設計図も我々が持っている。君の許可など、必要ない」


グレゴリウスは、勝ち誇ったように笑った。


タケシが、その様子を見て、冷たく笑った。


「見たか、カイト。これが人間だ。君の技術も、結局は戦争の道具になる。私と同じだ」


カイトは、言葉を失った。


タケシの言う通りだ。自分の技術が、また武器に変えられた。


グレゴリウスが、外に向かって合図を送った。


「第二射、準備!」


魔導砲が、再び城に向けられる。


「待て!」


レオンハルトが叫んだ。


「我々は、まだ城内にいる! 味方ごと吹き飛ばす気か!」


「多少の犠牲は仕方ない。魔王を倒すためだ」


グレゴリウスは、冷酷に言い放った。


カイトは、拳を握りしめた。


許せない。


だが、どうすればいい?


その時、エリシアが立ち上がった。


「グレゴリウス侯爵、命令する。砲撃を中止しなさい」


「王女殿下、これは王の命令です」


「父が、そんな命令をするはずがない!」


「いいえ、しましたよ。魔王を倒すためなら、多少の犠牲はやむを得ない、と」


グレゴリウスは、羊皮紙を取り出した。王の印璽が押されている。


エリシアは、それを見て愕然とした。


「父が……」


カイトは、理解した。


王も、追い詰められているのだ。魔王軍の脅威に、何としても勝たなければならない。そのためなら、手段を選ばない。


「発射!」


グレゴリウスが命令した。


魔導砲が、再び発射された。


巨大な魔力の砲弾が、城に向かって飛んでくる。


カイトは、決断した。


「みんな、伏せろ!」


カイトは、懐から小さな装置を取り出した。魔法陣が刻まれた、金属の円盤だ。


これは、リリアが作ってくれた試作品。「魔力増幅器」。使用者の魔力を何倍にも増幅する装置。だが、使えば魔力を全て使い果たし、しばらく動けなくなる。


カイトは、魔力増幅器に魔力を注いだ。


体中の魔力が、装置に吸い込まれていく。そして、増幅されて放出される。


「障壁展開!」


カイトの周囲に、巨大な光の壁が出現した。


砲弾が、光の壁に激突する。


轟音。衝撃。


光の壁が、ひび割れる。だが、持ちこたえた。


砲弾が、弾かれて地面に落ちる。そして、城の外で爆発した。


カイトは、その場に倒れた。魔力を使い果たし、意識が遠のく。


「カイト!」


エリシアの声が、遠くで聞こえた。


そして、暗闇に落ちた。


気がつくと、カイトは城の一室で寝かされていた。


「目が覚めたか」


横を見ると、タケシが座っていた。


「タケシさん……」


「君は、馬鹿だな。自分の命を危険に晒してまで、みんなを守った」


タケシは、複雑な表情をしていた。


「君の仲間たちは、無事だ。あの侯爵は、エリシア王女が拘束した」


「よかった……」


カイトは、安堵の息を吐いた。


「だが、君は見ただろう。人間の本性を。技術は、結局は権力者に利用される」


タケシの声は、苦々しかった。


「あなたは……もう戦わないんですか?」


カイトが尋ねた。タケシは、窓の外を見た。


「わからん。君の姿を見て、迷いが生じた」


「迷い?」


「ああ。君は、私と同じ過ちを犯しつつある。だが、君は諦めていない。まだ、希望を持っている」


タケシは、カイトを見た。


「なぜだ? なぜ、裏切られても、利用されても、君は希望を持ち続けられる?」


カイトは、しばらく考えた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「諦めたら、そこで終わりだからです」


「終わり?」


「はい。技術者として、諦めることは死を意味します。失敗したら、学ぶ。悪用されたら、対策する。それを繰り返すしかない」


カイトは、体を起こした。


「確かに、僕の技術は悪用されました。でも、それで諦めたら、悪用した人間の勝ちです。僕は、負けたくない」


タケシは、カイトの目を見た。


「君は……強いな」


「いいえ。ただ、信じているだけです。技術が、いつか人を幸せにすると」


カイトの言葉に、タケシは長い沈黙を保った。


その夜、軍の幹部会議が開かれた。


カイトも、出席を求められた。


会議室には、王、エリシア、レオンハルト、そして数人の貴族が集まっていた。グレゴリウス侯爵の姿はない。拘束されているのだろう。


王が、重々しく口を開いた。


「カイト、そなたに謝罪せねばならぬ」


カイトは、驚いた。


「陛下が、謝罪を?」


「そうだ。私は、魔導砲の製造を許可した。そなたの技術を、兵器に転用することを」


王の声には、後悔が滲んでいた。


「魔王軍に対抗するため、やむを得ないと思った。だが、それは間違いだった」


「陛下……」


「そなたは、一貫して武器を作らないと言っていた。だが、私はそれを無視し、密かに兵器開発を進めた。技術者の意志を踏みにじった」


王は、深く頭を下げた。


「許してほしい」


カイトは、王の姿を見て、胸が痛んだ。


王も、苦しんでいたのだ。国を守るため、民を守るため、苦渋の決断をしていた。


「陛下、顔を上げてください」


カイトは、言った。


「僕も、理解が足りませんでした。陛下の立場を考えず、理想論ばかり言っていました」


「いや、そなたは正しい。技術者には、作らない自由がある。それを尊重すべきだった」


王は、顔を上げた。


「カイト、約束する。今後、そなたの技術を、そなたの許可なく兵器に転用することはしない」


カイトは、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


エリシアが、口を開いた。


「ですが、問題は残っています。魔導砲の設計図は、既に複数の貴族が持っています。彼らを全て抑えることは、困難です」


レオンハルトが、渋い顔で頷いた。


「その通りだ。技術は、一度広まれば、止められない。いずれ、他国も魔導砲を作るだろう」


カイトは、深く息を吐いた。


パンドラの箱は、開いてしまった。


ならば、どうする?


カイトは、決意した。


「ならば、僕は対抗手段を作ります」


「対抗手段?」


「はい。魔導砲を無力化する技術。そして、兵器の使用を監視するシステム。技術で生まれた問題は、技術で解決します」


カイトの目には、強い意志があった。


王は、カイトを見て、ゆっくりと頷いた。


「わかった。そなたに任せる」

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