第13章「魔王軍の脅威」
王宮の作戦会議室は、緊迫した空気に包まれていた。
大きなテーブルの上には、王国の地図が広げられている。北部の辺境地帯に、赤い印が複数打たれていた。
「昨夜、北部の三つの村が襲撃されました」
軍事顧問のレオンハルト将軍が、厳しい表情で報告した。
「生存者の証言によれば、襲撃したのは魔獣の群れ。ですが、普通の魔獣ではありません。統制された動き、明確な目的を持った攻撃。これは……」
「魔王軍だ」
王が、重々しく言った。
魔王軍。伝説上の存在だと思われていた。だが、百年前、この大陸を恐怖に陥れた魔王が、再び目覚めたという噂は、数年前から流れていた。
「被害状況は?」
エリシアが尋ねた。
「死者百三十名、行方不明者二百名以上。村は、ほぼ壊滅状態です」
レオンハルトの言葉に、室内がどよめいた。
カイトは、地図を見つめた。赤い印が打たれた村の位置。それは、王都へと続く街道沿いだった。
「魔王軍の狙いは何ですか?」
カイトが尋ねた。レオンハルトは、カイトを見た。
「わからん。だが、このまま南下すれば、王都に到達する。時間の問題だ」
「迎撃は?」
「既に、第三騎士団を派遣した。だが……」
レオンハルトは、言葉を濁した。
「何か問題が?」
エリシアが尋ねた。
「魔獣の移動速度が、異常に速いのです。騎士団が到着する前に、次の村を襲撃している。追いつけないのです」
カイトは、ハッとした。
「機動力……魔王軍は、機動力で優位に立っているのか」
「その通りだ」
レオンハルトが頷いた。
「我々の軍隊は、徒歩と馬。だが、魔獣は疲れを知らず、一日で百キロ以上移動できる。これでは、防衛線を張ることすらできん」
室内に、絶望的な空気が流れた。
その時、王が口を開いた。
「カイト」
カイトは、背筋を伸ばした。
「はい、陛下」
「そなたの魔導車を、軍に提供していただけぬか。兵士を迅速に移動させれば、魔王軍に対抗できる」
カイトは、予想していた要求だった。だが、実際に言われると、胸が締め付けられた。
「陛下……」
「頼む。このままでは、多くの民が死ぬ」
王の目には、懇願の色があった。
カイトは、エリシアを見た。エリシアも、複雑な表情をしていた。
「……わかりました」
カイトは、ゆっくりと頷いた。
「ですが、条件があります」
「条件?」
「魔導車は、攻撃には使わないでください。防衛と、救助にのみ使ってください」
レオンハルトが、眉をひそめた。
「攻撃に使わない? それでは、戦えんぞ」
「戦うのは、騎士たちです。魔導車は、騎士を運び、負傷者を運び、物資を運ぶ。それが役割です」
「だが――」
「それが、僕の条件です」
カイトは、譲らなかった。
王は、しばらく考えた。そして、頷いた。
「……わかった。そなたの条件を受け入れよう」
「ありがとうございます」
カイトは、深く頭を下げた。
その日から、カイトは工房を軍事用途の車両開発拠点へと変えた。
だが、武器は作らない。盾を作る。
「装甲兵員輸送車」
カイトが最初に設計したのは、兵士を安全に運ぶための車両だった。
車体の外側には、鉄板で装甲を施す。魔獣の爪や牙から、乗員を守るためだ。内部には、十人の兵士が乗れる座席。そして、負傷者を寝かせるためのスペース。
「武装は?」
レオンハルトが尋ねた。カイトは首を横に振った。
「武装はありません。これは、輸送車です」
「武装なしで、戦場に出るのか? 自殺行為だぞ」
「装甲があります。逃げることもできます。それで十分です」
カイトは、頑なだった。
レオンハルトは、溜息をついた。だが、それ以上は言わなかった。
次に、カイトは「救急車」を設計した。
車内には、簡易的なベッドと、医療器具を収納する棚。そして、治癒魔法使いが同乗できるスペース。
「これで、戦場から負傷者を迅速に運べます。早く治療すれば、助かる命が増えます」
カイトの説明に、軍医たちが目を輝かせた。
「素晴らしい! これがあれば、救命率が格段に上がる!」
そして、「補給車」も設計した。食料、水、武器、矢。全てを運ぶための、大型のトラック。
一週間で、三種類の軍用車両が完成した。
そして、それらは直ちに前線へと送られた。
北部戦線。
第三騎士団の陣営では、騎士たちが疲労困憊していた。
「また、次の村が襲われた……」
団長のアルベルトは、地図を睨んでいた。赤い印が、また一つ増えていた。
「畜生! 間に合わない!」
副団長のグレゴールが、地面を拳で叩いた。
「魔獣が速すぎる。我々が到着する頃には、もう全てが終わっている……」
その時、陣営の外から、奇妙な音が聞こえた。
エンジン音ではない。この世界には、エンジンという概念すらない。だが、何かが近づいてくる音。
「何だ?」
騎士たちが、武器を構えた。
そして、闇の中から現れたのは――魔導車だった。
装甲兵員輸送車が、三台。その後ろに、救急車と補給車。
車が停まり、扉が開いた。中から、王都の紋章を付けた伝令が降りてきた。
「第三騎士団、団長アルベルト殿はおられるか!」
「私だ」
アルベルトが進み出た。伝令は、命令書を差し出した。
「王命により、魔導車部隊を派遣いたしました。団長殿の指揮下に入ります」
アルベルトは、命令書を読んだ。そして、魔導車を見た。
「これが……噂の魔導車か」
「はい。これで、迅速な移動が可能になります」
伝令が説明した。
「この輸送車には、十人乗れます。三台で三十人。精鋭を選んで乗せてください。魔獣が村を襲ったら、すぐに駆けつけられます」
アルベルトの目が、輝いた。
「本当か!」
「はい。そして、この救急車で負傷者を運び、補給車で物資を補充します」
アルベルトは、部下たちを見た。
「聞いたか、みんな! 我々にも、戦う手段が与えられた!」
騎士たちが、歓声を上げた。
その夜、アルベルトは精鋭三十人を選んだ。そして、魔導車に乗り込んだ。
「これが……魔導車の中か」
鉄の装甲に囲まれた車内。硬い座席。だが、騎士たちの顔には、希望が浮かんでいた。
「出発する!」
伝令が、魔導車を発進させた。
車が動き出す。その速さに、騎士たちが驚いた。
「速い!」
「馬の三倍はあるぞ!」
魔導車は、夜の街道を疾走した。
そして、二時間後、次の村に到着した。
だが、既に遅かった。
村は、炎に包まれていた。家々が燃え、悲鳴が聞こえる。そして、闇の中で、巨大な影が蠢いていた。
魔獣だ。
狼のような姿をしているが、その体躯は馬ほどもある。目は赤く光り、牙は鋭い。そして、その数は――数十匹。
「魔獣の群れだ!」
アルベルトが叫んだ。
「全員、降車! 戦闘態勢!」
騎士たちが、魔導車から飛び降りた。剣を抜き、盾を構える。
魔獣たちが、一斉に襲いかかってきた。
戦いが、始まった。
騎士たちは、勇敢に戦った。だが、魔獣の数が多すぎる。
「くそ! キリがない!」
グレゴールが、魔獣を斬り倒しながら叫んだ。だが、斬っても斬っても、次の魔獣が現れる。
「後退するぞ! 魔導車に乗れ!」
アルベルトが命令した。
騎士たちが、魔導車へ走る。だが、その時、一人の騎士が魔獣に襲われた。
「ぐあっ!」
騎士が倒れる。魔獣が、その喉に牙を立てようとした。
その瞬間、救急車が突進してきた。
魔獣を跳ね飛ばし、倒れた騎士の前で停車する。扉が開き、軍医が飛び出した。
「すぐに治療する! 車に乗せろ!」
騎士たちが、負傷者を救急車に運び込んだ。軍医が、治癒魔法を唱える。淡い緑の光が、傷口を包んだ。
「出血が止まった……! 助かるぞ!」
その光景を見て、騎士たちの士気が上がった。
「魔導車があれば、仲間を見捨てなくていい!」
「戦える! もう一度、戦えるぞ!」
騎士たちが、再び魔獣に立ち向かった。
そして、一時間の激戦の末、魔獣の群れを撃退した。
村は、半分以上が焼失していた。だが、村人の多くは避難できた。そして、負傷者も、救急車のおかげで多くが助かった。
アルベルトは、魔導車を見た。
傷だらけだが、まだ動く。
「すごい……車だ」
彼は、呟いた。
「この車が、仲間を守ってくれた」
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