第12章「選択と決断」
帝国との契約が成立した夜、王宮では祝宴が開かれた。
大広間には、貴族たちが集まり、音楽が流れ、料理が並んでいた。だが、カイトは祝う気分にはなれなかった。
本当に、これで良かったのだろうか?
カイトは、バルコニーに出た。夜風が、頬を撫でる。王都の夜景が、眼下に広がっていた。無数の灯りが、星のように瞬いている。
「一人で何を考えているの?」
振り向くと、エリシアが立っていた。ドレス姿が、月光に照らされて美しい。
「エリシア様……」
「カイト、あなたは正しい選択をしました」
エリシアは、カイトの隣に立った。
「ですが、僕は技術を渡してしまった。それが、いつか戦争に使われるかもしれない」
「かもしれません。ですが、あなたは条件を付けました。それが、できる限りのことです」
「でも……」
「カイト、完璧な選択など、ありません。どの選択にも、リスクがあります。大切なのは、最善を尽くすことです」
エリシアの言葉が、カイトの胸に染み入った。
「あなたは、技術者として、責任を果たしました。誇ってください」
カイトは、エリシアを見た。その青い瞳には、優しさと強さが同居していた。
「ありがとうございます」
二人は、しばらく黙って夜景を眺めていた。
翌日から、帝国との共同研究が始まった。
帝国から派遣された技術者たちは、優秀だった。特に、シュタイナーの副官であるマティアス・ケラーという若い技術者は、機械工学に精通していた。
「この魔法陣の構造、実に興味深い」
マティアスは、魔導車の設計図を見ながら言った。
「魔力を回転運動に変換する仕組みは理解しました。ですが、効率がまだ低い。ここの魔力損失を減らせれば、もっと性能が上がるはずです」
「その通りです。リリア、どう思う?」
カイトは、リリアに意見を求めた。リリアは、魔法陣を見て、頷いた。
「確かに、ここの魔力の流れが乱れてる。補助陣を追加すれば、改善できるかも」
「では、試してみましょう」
三人は、協力して新しい魔法陣を設計した。帝国の技術者の知識と、リリアの魔法の才能が融合し、これまでにない高効率の魔法陣が完成した。
「素晴らしい!」
マティアスは、興奮していた。
「この陣を使えば、魔力消費を三割削減できます!」
カイトも笑顔を浮かべた。これが、共同研究の力だ。異なる背景を持つ技術者が集まることで、新しい発見が生まれる。
だが、全てが順調だったわけではない。
帝国の技術者の中には、傲慢な者もいた。
「この程度の技術で、革命的だと? 我が帝国の蒸気機関の方が、よほど優れている」
そう嘲笑する者もいた。カイトは、それにも耐えた。
そして、一ヶ月後、最初の共同開発プロジェクトが完成した。
「長距離輸送用魔導トラック、マークⅡ」
これまでの魔導トラックより、積載量が二倍、航続距離が三倍になった。帝国の冶金技術と、この国の魔法技術が融合した、まさに両国の結晶だった。
完成披露会には、両国の関係者が集まった。シュタイナーも来ていた。
「見事だ、カイト君。君の技術と、我が国の技術が融合し、素晴らしいものが生まれた」
シュタイナーは、満足げに頷いた。
「これで、両国の物流は大きく改善されるでしょう」
カイトも言った。
「ああ。そして、これは始まりに過ぎない。これから、もっと多くの共同プロジェクトを進めよう」
シュタイナーは、手を差し出した。カイトは、その手を握った。
だが、その瞬間、カイトは気づいた。
シュタイナーの目に、一瞬だけ、冷たい光が宿ったことに。
まるで、全てが計算通りだと言わんばかりの、冷徹な光。
カイトの背筋に、悪寒が走った。
だが、すぐにシュタイナーは笑顔を浮かべた。
「さあ、祝杯を上げよう」
カイトは、違和感を振り払おうとした。だが、心の奥底に、小さな不安が残り続けた。
その夜、カイトは工房で一人、考え込んでいた。
本当に、帝国は平和利用だけに魔導車を使うのだろうか?
シュタイナーの、あの目。あれは、何を意味していたのか。
カイトは、窓の外を見た。月が、雲に隠れていた。
その時、遠くから、奇妙な音が聞こえた。
獣の遠吠えのような、だが、もっと不気味な音。
カイトは、窓を開けて耳を澄ました。
音は、北の方角から聞こえてくる。辺境の方だ。
「何だ、あれは……」
カイトの胸騒ぎは、的中した。
翌朝、辺境から急報が届いた。
「魔王軍が、動き出した」
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