第11章「帝国の視察団」

フリーダム号の大成功から三ヶ月が経過した頃、王都に奇妙な噂が流れ始めた。


「東の国境で、見たこともない軍隊が集結しているらしい」


「ヴァルハイム帝国の旗が見えたという話だ」


「戦争が始まるのか?」


不安が、市井に広がっていった。


カイトは工房で、新型の魔導トラックの設計図を描いていた。積載量を増やし、悪路走破性を向上させた改良型だ。鉛筆を走らせる手が止まる。窓の外を見ると、曇り空が広がっていた。


「戦争、か……」


カイトは呟いた。前世で、自動車産業が戦争と深く結びついていた歴史を知っている。第一次世界大戦では、トラックが兵站を支えた。第二次世界大戦では、ジープが戦場を駆け巡った。そして、戦車という名の殺戮機械が生まれた。


技術は、平和のためにも、戦争のためにも使える。


その事実が、カイトの胸に重くのしかかっていた。


扉がノックされた。エリシアが入ってきた。その表情は、いつになく深刻だった。


「カイト、お話があります」


「どうぞ」


エリシアは、カイトの向かいに座った。しばらく言葉を探すように沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「ヴァルハイム帝国から、使節団が訪れます。三日後、王宮で謁見があります」


「帝国が……何の用ですか?」


「表向きは、友好親善の訪問です。ですが、本当の目的は……」


エリシアは、カイトの目を真っ直ぐに見た。


「あなたの技術です。魔導車の技術を、帝国は欲しがっています」


カイトは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「つまり、軍事利用、ですか」


「恐らく。帝国は、南方の諸国と領土問題を抱えています。機動力を持つ軍隊を作りたいのでしょう」


カイトは拳を握りしめた。


「僕は、人を殺すための道具を作るつもりはありません」


「わかっています。ですが、断れば、帝国との関係が悪化します。最悪の場合……」


エリシアは言葉を濁した。だが、その先は明らかだった。戦争になる可能性がある。


カイトは深く息を吐いた。


「謁見には、僕も同席するべきですか?」


「はい。あなたの口から、直接説明していただきたいのです」


三日後、王宮の大広間は厳粛な空気に包まれていた。


天井は高く、壁には歴代の王の肖像画が飾られている。赤い絨毯が、玉座まで続いていた。


王が玉座に座り、その隣にエリシアが立っている。貴族たちが両脇に並び、カイトは末席にいた。


大扉が開かれた。


帝国の使節団が入ってきた。


先頭を歩くのは、黒い軍服を着た長身の男だった。金色の肩章が、階級の高さを示している。鋭い眼光、整った顔立ち、だが口元には冷たい笑みが浮かんでいる。


「ヴァルハイム帝国、技術長官フォン=シュタイナー・エーリヒ・フォン・ブラウンシュヴァイク、参上いたしました」


シュタイナーは、片膝をついて頭を下げた。だが、その仕草には、どこか演技めいた大げささがあった。


王が、重々しく口を開いた。


「ようこそ、シュタイナー長官。遠路はるばる、ご苦労であった」


「恐縮でございます、陛下。我が帝国の皇帝陛下より、親書を預かってまいりました」


シュタイナーは、従者から羊皮紙の巻物を受け取り、捧げ持った。侍従がそれを受け取り、王に渡す。


王が巻物を開き、目を通す。その表情が、わずかに曇った。


「……帝国は、我が国との友好を深めたいと仰せか」


「左様でございます。両国の発展のため、技術交流を行いたいと考えております」


「技術交流、とな」


王の視線が、カイトに向けられた。カイトは、背筋を伸ばした。


「特に、この国で開発されたという『魔導車』に、我が帝国は大いに興味を抱いております」


シュタイナーの視線も、カイトに注がれた。その目は、獲物を見る鷹のように鋭かった。


「開発者は、そちらにおられる若者と聞いております。お名前は?」


カイトは一歩前に出た。


「カイトと申します」


「カイト、か。君が、あの革命的な乗り物を作ったのか。若いな。いくつだ?」


「十三です」


「十三!」


シュタイナーは、心底驚いたという顔をした。だが、すぐに笑みを浮かべた。


「素晴らしい。天才だ。我が帝国にも、多くの優秀な技術者がいるが、君ほどの才能を持つ者はいない」


その言葉は、賛辞のようでいて、どこか値踏みするような響きがあった。


「カイト君、君の技術を、ぜひ我が帝国でも活用させていただきたい。技術提供の対価として、金貨一万枚を用意しよう」


一万枚。その額に、広間がどよめいた。貴族たちが、驚きの声を上げる。


だが、カイトは首を横に振った。


「お断りします」


シュタイナーの眉が、ピクリと動いた。


「なぜだ? 金額が不満か? では、二万枚でどうだ」


「金額の問題ではありません。僕の技術は、人々の生活を豊かにするために作りました。戦争のためではありません」


広間が、静まり返った。


シュタイナーの顔から、笑みが消えた。


「戦争? 誰がそんなことを言った」


「では、帝国は魔導車を何に使うつもりですか?」


カイトは、真っ直ぐにシュタイナーを見た。


シュタイナーは、しばらくカイトを睨んでいた。そして、冷たく笑った。


「……賢い子供だ。だが、世間知らずでもある」


彼は、広間を見回した。


「諸君、聞いていただきたい。技術に、平和も戦争もない。ただ、使う者の意志があるだけだ。ナイフは、料理にも使えるし、人を刺すこともできる。だが、ナイフそのものに罪はない」


シュタイナーの言葉に、何人かの貴族が頷いた。


「カイト君の魔導車も同じだ。物資を運ぶこともできるし、兵士を運ぶこともできる。それを決めるのは、使う者だ。技術を独占することは、人類の進歩を妨げる」


理路整然とした論理。だが、カイトには分かっていた。これは詭弁だ。


「確かに、技術そのものに罪はありません」


カイトは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「ですが、技術者には責任があります。自分の作ったものが、どう使われるかを考える責任が。僕は、人を殺すための道具を作りたくありません」


「ならば、この国の軍隊も、君の魔導車を使うべきではないな」


シュタイナーは、鋭く指摘した。


「この国も、軍隊を持っている。その軍隊が、君の魔導車を使えば、それは軍事利用ではないのか?」


カイトは言葉に詰まった。確かに、王国軍も魔導車を購入し始めている。兵站輸送に使っている。


「それは……」


「矛盾しているな、カイト君。君は、自分の国の軍隊には売るが、他国には売らない。それは、技術者の倫理ではなく、ただのナショナリズムだ」


シュタイナーの言葉が、カイトの胸に突き刺さった。


その時、エリシアが口を開いた。


「シュタイナー長官、あなたの論理には一理あります。ですが、カイトは技術の無制限な拡散を危惧しているのです」


「王女殿下、技術の拡散を止めることはできません。いずれ、他の国も魔導車を開発するでしょう。ならば、友好国同士で協力し、共に発展した方が良いのではありませんか」


エリシアは、答えに窮した。


シュタイナーは、王に向き直った。


「陛下、我が帝国は、この国との同盟を提案いたします。魔導車の技術を共有し、共に繁栄する。そして、もし外敵が現れた時には、共に戦う。いかがでしょうか」


王は、深く考え込んでいた。長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「……検討させていただく。返答は、後日、使者を通じて伝えよう」


「かしこまりました」


シュタイナーは、再び膝をついた。


謁見は、これで終わった。


その夜、カイトは工房で一人、考え込んでいた。


シュタイナーの言葉が、頭の中で繰り返される。


「技術に、平和も戦争もない」


本当にそうなのだろうか?


カイトは、前世の記憶を辿った。原子力技術。それは、発電にも使えるし、爆弾にも使える。インターネット。それは、情報共有にも使えるし、サイバー攻撃にも使える。


技術は、中立だ。だが、技術者は中立ではいられない。


カイトは、設計図を見つめた。魔導車の設計図。これを、本当に帝国に渡すべきなのか?


扉がノックされた。ガンダルとリリアが入ってきた。


「カイト、考え込んでるな」


ガンダルが、カイトの肩に手を置いた。


「うん……」


「帝国のこと?」


リリアが尋ねた。カイトは頷いた。


「シュタイナーの言う通りかもしれない。技術を独占することは、間違っているのかもしれない」


「だが、渡せば戦争に使われるかもしれないんだろ?」


「そうだ。でも、渡さなくても、いずれ他の国が似たような技術を開発する。ならば……」


カイトは、言葉を濁した。


リリアが、カイトの前に座った。


「カイト、あなたは何のために魔導車を作ったの?」


「人々の生活を豊かにするため……」


「なら、その目的に反することは、しちゃダメよ」


リリアの声は、いつになく真剣だった。


「技術を渡すかどうかじゃないの。どう渡すか、どう使わせるか。それを考えるべきよ」


カイトは、リリアを見た。その紫色の瞳には、強い意志が宿っていた。


「どう、使わせるか……」


「そう。無条件に渡すんじゃなくて、条件を付けるの。平和利用に限る、とか」


「でも、約束を破られたら?」


「その時は、技術提供を停止する。それに、魔導車だけ渡しても、魔法陣の詳細な設計図や、製造ノウハウがなければ、簡単には作れないでしょ?」


確かに、そうだ。魔導車は、単なる図面だけでは再現できない。魔法陣の微妙なバランス、材料の選定、組み立ての技術。全てが揃って初めて、完成品ができる。


「つまり、核心的な技術は手元に残しておく、ということか」


ガンダルが補足した。


「そうだ。基本的な技術は教えるが、最新の技術は秘匿する。そうすれば、常に我々が一歩先を行ける」


カイトの頭が、整理されていった。


「ありがとう、二人とも。道が見えてきた」


カイトは立ち上がった。


「明日、エリシア様に提案してみる」


翌朝、カイトは王宮を訪れた。エリシアに、自分の考えを伝えた。


「限定的な技術提供、ですか」


エリシアは、カイトの提案書を読んでいた。


「はい。基本的な魔導車の設計図と、製造方法は提供します。ですが、最新の魔法陣の設計や、高効率エンジンの技術は秘匿します」


「そして、平和利用に限るという条件を付ける」


「はい。もし軍事転用が確認された場合は、技術提供を停止し、部品の供給も止めます」


エリシアは、しばらく考えた。


「ですが、帝国がそれを受け入れるでしょうか」


「受け入れなければ、提供しません。これは、譲れない条件です」


カイトの目は、揺らいでいなかった。


エリシアは、微笑んだ。


「わかりました。父に提案してみます」


数時間後、王の決断が下された。カイトの提案は、承認された。


そして、シュタイナーとの再交渉が行われた。


「限定的な技術提供、か」


シュタイナーは、提案書を読んで、鼻で笑った。


「随分と用心深いな、カイト君」


「必要な用心です」


カイトは、動じなかった。


「そして、平和利用に限る? 我が帝国を信用していないということか」


「信用の問題ではありません。ルールの問題です。技術には、使用のルールが必要です」


「ふむ」


シュタイナーは、顎に手を当てた。


「だが、この条件では、我が帝国にとってメリットが薄い。もっと良い条件はないのか」


「では、こうしましょう」


カイトは、新しい提案を出した。


「技術提供の代わりに、共同研究を行います。帝国の技術者と、僕たちの技術者が、一緒に新しい技術を開発する。そうすれば、両国が利益を得られます」


シュタイナーの目が、鋭くなった。


「共同研究……面白い。だが、研究成果の所有権は?」


「両国が共有します。ただし、軍事転用は禁止。民生用途に限ります」


シュタイナーは、長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。


「……わかった。その条件で、同意しよう」


カイトは、内心ほっとした。だが、表情には出さなかった。


「ありがとうございます」


「ただし」


シュタイナーは、鋭い視線をカイトに向けた。


「もし、この国が他国に攻撃された場合、我が帝国は支援する。その代わり、その時は魔導車の軍事利用を認めてもらう。これも条件だ」


カイトは、エリシアを見た。エリシアが、小さく頷いた。


「……わかりました。防衛目的に限り、認めます」


「では、契約成立だ」


シュタイナーは、手を差し出した。カイトは、その手を握った。


硬く、冷たい手だった。

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